映画「エヴェレスト 神々の山峯(いただき)」:奇跡の実写化

原作: 夢枕獏 監督: 平山秀幸

2016年3月公開,  (3月12日・19日鑑賞)

 

 神々しく崇高なエヴェレストのお姿を大画面で拝めて幸せです。阿部寛は逞しいし、尾野真千子は美しいし、ネパール震災前のカトマンドゥの街並みの貴重な映像を見ることもできます。その上何を望みましょう。原作のストーリーの改変とか不自然な演出とか細けえことはどうだっていいんだよっ! 終わり。

(終わらすなーっ)

 なお、谷口ジロー氏の漫画版「神々の山峯」は秀逸です。

 

配役

深町誠(岡田准一),  羽生丈二(阿部寛),  岸涼子(尾野真千子),  甲本雅裕(井上真紀夫),  風間俊介(岸文太郎),  長谷常雄(佐々木蔵之介)

 

【あらすじというには長すぎる。だって原作が長いのだもの】

 1993年ネパール。山岳カメラマン深町誠は借金をしてエヴェレスト遠征隊にカメラマンとして参加したが、滑落事故でメンバーの二人が死亡したため写真集出版の話は無くなった。深町は滑落者が落ちる姿を冷静にカメラに撮ったことの非情さを非難された。

 失意のうちにカトマンドゥの街を歩いた深町は、古道具屋のショーウィンドーに日本語の登山の本があるのを発見し、店内で古いカメラ(ベストポケット コダックモデルB)を見つけた。

 それがマロリーの遺品であると疑った深町はカメラを150ドルで買ったものの、それが盗品であったとのクレームが入り持ち主に返した。その時登場してカメラを取り戻した二人の男のうち、髭面の大男はビサル・サルパ、老人はアン・ツェリンという名前だった。

 深町はビサル・サルパが伝説の天才登山家・羽生丈二であることに気づき、日本に帰国して羽生丈二について関係者に聞き込み調査を始めた。

 

 羽生丈二の過去は昭和の日本のアルピニズムの歴史そのものだった。

 最初に深町は初期のザイルパートナーだった井上真紀夫に話を聞いた。

 1968年に羽生が井上と食堂で飯を食べていると、日本の登山隊のヒマラヤ遠征出発のニュースがテレビで流れた。この時羽生は無名で、金が無くてヒマラヤ遠征に参加できなく悔しい思いをしていた。結局この時のアンナプルナへのアタックは失敗に終わった。

 羽生は井上に冬の鬼スラ挑戦をたきつけた。鬼スラとは谷川岳一ノ倉沢第三スラブのことであり、鬼殺しのスラブと呼ばれる難所である。二人は吹雪とチリ雪崩の中、巨大な一枚岩の岩壁の登攀に成功した。無名だった羽生は一躍脚光を浴びるようになった。

 しかし、井上はあることをきっかけに羽生と決別した。

登攀の栄光を讃えられた時に、羽生は「俺一人だってやれたさ。ザイルパートナーなんて誰でも良かったんだ。」と言い放った。命を預けるザイルパートナーである自分を羽生はそのようにしか見ていなかったのか。井上のプライドはずたずたになった。「山屋としては天才、人間としては最低。」と井上は言った。

 

 次に、羽生が属していた山岳会のエピソードも語られた。

 羽生に憧れて山岳会に入った若者がいた。この男、岸新太郎は「僕は羽生さんがいるからこの山岳会に入ったんです。」と屈託なく話した。天才クライマー羽生に憧れて、キラキラ目を輝かせて純粋に羽生を尊敬する若者、岸。

 あるとき、山岳会でザイルパートナーが転落をした時どうするかという話が出た。

ザイルパートナーと二人で岩登りしている時に、一人が落ちて宙ぶらりん、ザイルを切れば自分だけ助かる。切らないと相手と心中。どうするか?

 会長は「考えたくもねえ」と言った。

 その時羽生が「切る!」と言ったので、場は騒然となった。それを聞いた時の岸は驚嘆の表情。

 それでは、自分が下の立場だったらどうすると聞かれて「切られたって文句はいいません。」と言って羽生は退場した。

 

 後に北アルプス屏風岩を羽生と岸が登っていたとき、事故は起きた。先行していた岸が左手をかけた岩が剥がれて岸は30メートルほど転落、オーバーハングの岩の下方にザイルで宙吊りになった。

 その後、山小屋に羽生は岸の遺体を担いで現れた。ザイルが岩の角でこすれて切れた事故であるとして処理されたが、羽生の言動を知っていた者は羽生がザイルを切ったと噂した。

 

 ある時、深町に女の声で電話がかかってきた。それは、岸文太郎の妹、涼子からであった。

兄文太郎の死後、涼子の元に羽生から手紙が届いた。それから毎月手紙とお金が届くようになったという。三年前には大切にしてくれとのメモとともに羽生からトルコ石のブローチが届いた。そして、1年前にネパールに行くと言って消息を立ったという。

 

 次に深町は有名アルピニスト長谷常雄の話を聞いた。長谷は車椅子で登場。華やかなキャリアを誇る長谷は羽生のライバルであって、大企業のスポンサーがついていたことから羽生の反感を買っていた。

 長谷は1979年に羽生がグランドジョラスで転落した時のエピソードを話した。ロープで体は止まったものの、岩とぶつかった衝撃で左上腕骨、左大腿骨、肋骨三本を骨折していた。そこから、羽生は右半身と歯を使って、岩場を25メートル登攀し、ヘリコプターによって救出され、奇跡の生還を遂げた。

 また、1985年のエヴェレスト冬季登頂を目指した日本隊のエピソードも紹介された。日本隊はノーマルルートからアタックする長谷隊と南西壁からアタックする羽生隊に分かれた。この時、羽生らが二次隊と指示されたことで、羽生は一番でなければ意味がないといい、下山してしまったという。

 

 それから、深町は涼子とともに再度ヒマラヤへ行き、老シェルパのアンツェリンの消息を調べ、彼の家を訪れた。涼子は羽生との再会を果たすが、羽生がアンツェリンの娘と結婚し、子供をもうけたことを知りショックを受けた。羽生は7年前にエヴェレスト単独登頂を狙ったが、雪と風に行く手を阻まれ、ベースキャンプに戻ったものの動けなくなり、アンツェリン親子によって助けられたのだった。

そして、羽生が涼子に送ったブローチはアンツェリンの妻の形見でアンツェリンが羽生に預けたものであった。

 涼子は失意のうちに帰国。

 

 深町は羽生がエヴェレストの冬季・南西壁・単独・無酸素の登頂を企てていることを確信し、彼に同行してスクープ写真をものにしようと決意した。そして深町は羽生とアンツェリンがベースキャンプに向かう途中で二人を待ち伏せした。羽生に「写真を撮らせてくれ」と頼み、「勝手にしろ」と言われて同行した。ベースキャンプを過ぎ、深町は羽生に食らいついてエヴェレストに登り始めたのだが・・・。

 深町は氷壁登りで落ちてきた氷が当たり、宙づり状態に。死を意識したその時、羽生が降りてきて、深町を背中におぶって垂直の氷壁を担ぎ上げ助けてくれました。

 その夜、岩壁でビバークした時に深町は「なぜ俺を助けた。」と問います。羽生は「あんたを助けたのは俺じゃない。岸だ。あんたを助けてこれでちゃらだ。」と言います。羽生は岸の死の真相を話しました。

 「いいか、あきらめるなー。お前が死んだら俺も死ぬ。」

 宙づりになった瀕死の岸はナイフを取り出すと微笑みながらザイルを切ったのでした。

 「あ゛ーっ やめろーっ きしーーーー」

 

 翌日、途中で羽生と別れた深町は南西壁をぐんぐん登っていく羽生の姿を見て興奮しシャッターを切った。

 その時、エヴェレストの峯に猛烈な雪雲が巻いてきた・・・

【この映画の演出・演技】

 そりゃあ映画だもん。わかりやすく、はしょっちゃいますよ。演出しちゃいますょ。

 でも、深町が羽生の遺体と対面した時に帽子を脱ぎ捨てるの、ダメでしょう! マイナス20度から30度の世界の話なんでしょう。頭部が凍傷になっちゃいますよ。「おれは生きて還る」んでしょう?

 細部に神が宿ると申します。細部がいい加減だと、折角盛り上がっていても興醒めです。残念。

 

 阿部寛、良く仕上がっていました。精悍な良い面構えです。テルマエ・ロマネを観た時すごくいい体だと思いましたが、この映画では体がひときわ大きく見えます。阿部寛がエヴェレストで垂直に近い氷壁を岡田准一を背負って登るところは圧巻でした。このシーンを演じるには室伏並みの超人的な身体能力が要ると思います。

 尾野真千子、芯が強くて骨太感がある女性を演じて良かったです。映画史上、最高地点に到達した女優かも。

 風間俊介も良かった。宙吊りになってからの最後のシーンの表情がすごく良かった。私的には本映画の影のMVP。泣けましたね。

 岡田准一、揺れ動く深町のデリケートな心理表現って難しい役柄だったのかも。体を張った演技ご苦労様でした。

 

【なぜ山に登るのか】

 アルピニストは本当にどうして命を懸けて、危険を冒して山に登るのでしょうか。

 羽生丈二のモデルは森田勝、長谷のモデルは長谷川恒男でした。森田勝は1980年にグランド・ジョラスで遭難死し、長谷川恒男は1991年にウルタルⅡ峰で雪崩に巻き込まれて亡くなりました。

 

 映画の冒頭にマロリーとアーヴィンが登場します。ジョージ・マロリーは1924年にアンドルー・アーヴィンとともにエヴェレスト登頂にアタックして遭難し、1999年に御遺体が発見されました。その画像をネットで見ましたが、丹念に見れば冬山で滑落死をすることの現実がわかるはずです。 

 マロリーは、"Why did you want to climb Mount Everest?" と聞かれて、"Because it's there." と答えました。

 なぜ山に登るのか。

 映画ではその他にもいくつかの答えが出されていたようです。

 パートナーの井上を冬の鬼スラ登攀に誘う時の羽生のセリフです。「お前何のために生きてんだっ。山やらなきゃ死んだも同じだろう。」

 エヴェレスト遠征隊では南西壁を遠くに見て、「気持ちいいだろうなあ。ここをまっすぐ登ったら。」といいました。

 そして、羽生は深町に向かって「俺がここにいるからだ。俺がここにいるから登るんだ」と言いました。

 まとめます。

 「山をやらないと死んだも同じだから」「気持ちいいから」「俺がここにいるから」でした。

 「そこがパワースポットだからだ」などという答えはありませんでした。

 山とは人生の崇高な目標の象徴でしょうか。

【死者との会話】

 深町は命からがら登った岩のくぼみで目を開いたまま亡くなっていた羽生の遺体を発見しました。

 深町が羽生の遺体の前で羽生の霊と会話をする場面があります。実は、羽生はエヴェレスト登頂を果たしていたのでした。そしてマロリーの遺体がそこにあると言われます。マロリーが撮ったフィルムはザックの中だと言われます。

 深町「もういいんだ、そんなものは。」

 羽生の霊「じゃあ、何をしにここに来た? お前は何のためにここに来たんだ?」

 深町「わからない・・・。わからない。」

 深町は羽生の手に涼子から託されたブローチを掛けます。そして、言いました。

 「羽生さん、一緒に帰ろう。」「俺が必ず連れて帰る。」「羽生、俺にとり憑け。とり憑けっ。」

 

【山に登らないこと】

 山は異界です。神も魔物もいます。ヒマラヤは格別で、ヒマラヤ聖者もいらっしゃいます。

 深町は再度のエヴェレストで遭難しそうになった時、心で叫びます。

 「俺はここに来てはいけなかった。神でも悪魔でも何でもいい。誰か、俺を助けてくれ。」

 

 山に登らないで済む方法はないのでしょうか。

 山のパワーは登頂しなくともいただくことが可能です。聖なる山は登らずに遠くから拝む方法があります。遥拝ですね。たとえば、春日大社から禁足地である御蓋山の遥拝が有名です。富士山もそうですね。私は富士山に登ったことがありますが、富士山もいろいろな意味で遠くから遥拝したほうがいい山だと思いました。各地に富士山が見える場所があり、富士見という名前がついていたりします。富士山が見える場所には富士のパワーが届くと言えます。いわゆるイヤシロチですね。

 

【最後の羽生の手記から】

 「足が動かなければ手で歩け。手が動かなければ指でゆけ。指が動かなければ歯で雪をかみながら歩け。歯もだめなら目でゆけ。目でにらみつけながら歩け。目もだめになったら、本当にだめになったら、思え。ありったけの心でおもえ。想え。」

 長くて実際的ではありませんので、冬山単独行の場合、途中を省略してもいいかもしれません。

 すなわち、「足が動かなければ・・・、想え。」です。

 人間、成仏するかどうかは臨終の時の一念が大切と申します。

 あなたなら、その時何を想いますか?