小説「羊と鋼の森」を読んで

 「本屋大賞」が4月12日に発表され、宮下奈都さんの「羊と鋼の森」(文藝春秋)が一位に選ばれました。それで、さっそく読んでみたわけです。

 

 ピアノ調律師を志す若者が成長していく物語であり、ピアノ練習をしている高校生の双子の姉妹の成長も描かれます。主人公の外村(とむら)は高校生の時に調律師を職業として選択し、職場のすごい先輩たちから学びながら、調律の道を歩んでいきます。その過程で調律のお客である高校生の双子姉妹、とくに姉の和音(かずね)のピアノ演奏に心を惹かれます。あるとき妹の由仁(ゆに)はなぜかピアノを弾けなくなります。ゴルフでいうイップスのような状態でしょうか。そして和音はピアノを弾かなくなりました。その後二人はその試練を乗り越え、姉はピアニストを志望し、妹は調律師を志すようになります。ラストシーンでは職場の先輩の結婚披露宴に外村が調律したピアノを和音が弾いて盛り上がります。

 

 新緑の大雪山の森の空気のような読後感です。文体がさわやかなのですね。

 これは、作者が北海道のトムラウシ(大雪山の南山麓)で暮らしていたからでしょうか。その土地の気のようなものを感じます。森についての具体的な描写が多いです。

 

 双子の妹の名前が由仁というのですが、北海道に由仁町という町があります。札幌と夕張の間に位置する農業が主体の町ですが、温泉も喫茶店もあり、いいところです。 

ピアノとは何でしょうか。

 ピアノを中国語で鋼琴と書きます。ピアノを弾くは「弾鋼琴(タンガンチン)」といいます。

 ピアノの外見は木製で家具みたいですが、内部には鋼鉄の琴があり、ピアノ線の弦が張ってあります。そのピアノ線の弦を羊毛フェルトで覆った木製のハンマーで叩いて音を出します。ピアノの底には響板があり、弦の響きを共鳴させます。

 ピアノには52の白鍵と36の黒鍵の合計88の鍵盤があります。低音弦は1または2本のピアノ線が張られ、中高音弦には3本のピアノ線が張られています。

 

 題名の羊と鋼の森というのは、ピアノの内部を例えた表現でした

 主人公の外村は北海道の山麓で育った素朴な人物で、ピアノ曲も良く知らない若者でした。「森の匂いがした。」という表現でしたが、板鳥が調律するピアノの音が外村の心をとらえました。板鳥の弾くピアノの弦の響きが外村の心の琴線に触れて共鳴したのでしょう。調律とはピアノの全ての弦の音階を張力を変えて合わせることです。ハンマーやペダルをピアノを弾く人に合わせて調整することや簡単な修理も調律師の仕事です。調律師の仕事は、調律師だけでは完結しません。調律師はピアノを弾く人との二人三脚です。さらにコンサートにあっては、ホールと聴衆も意識して調律をすることになります。調律師の仕事とは、音を整えることで世界を秩序立てていくものでしょう。一台のピアノという小宇宙を調和させることで、ピアノを弾く人とつながり、ピアノを聴く人とつながり、世界と一体感を持つ。調律師とは、そのような職業のように思われます。作品は、「まっとうに育ってきた素直な人」である外村が大成することを予感させて終わります。

 

 ところどころに調律や音響に関する技術的な話が挿入されます。グランドピアノの足のキャスターを外に向けて設置すると響きが良くなることとか、湿度・気温と音の関係、人が居ないホールと満員のホールの音の響き方の違いとか、なかなか詳しいうんちくも書かれています。

 

 音や音楽を言葉で表現するのは、難しいことだと思います。作者は様々な比喩を巧みに使って、音の世界の言語表現を試みています。そのような表現をめでるのもこの作品の楽しみ方かと思います。

 

 作中で弾かれるピアノ曲はいくつかありましたが、具体的な曲名が上がっているのは、ショパンの子犬のワルツです。他にもショパンのエチュードが出てきましたが、両手が同時に動く短い曲という表現で、それは1番だったでしょうか。

 

 この作品は好きなピアノ曲を流しながら読むのもいいでしょう。