ペンデュラムがあっても、なくても占える。

【ペンデュラムとは何か】

 ペンデュラム(pendulum)とは振り子のことで、糸に重りをつけたものです。これを占いの道具として使うことがあります。占いに使うペンデュラムの重りにはパワーストーンを使ったりしますが、簡単には五円玉に糸を結んだものでも使用可能です。

 

 占いの仕方ですが、YESかNOで答えられる質問を考えます。そして、例えばYESならば右回り、NOならば左回りとあらかじめ決めておきます。そして、手から振り子を下げて静止させ、質問を心の中で念じます。すると、次第に右回りか左回りに自然に振り子が回っていきます。振り子が動かない場合には質問を変えます。質問の仕方を工夫すると幅が広がります。たとえば、「どちらを選んだらラッキーか」とか、「予測値がこれ以上なら右回り、これ未満なら左回り」とかです。

 

 振り子を物に下げておくと、当たり前のことですが、質問を念じても振り子は回りません。私は手に下げた振り子が回転する時の様子を観察しましたら、何のことはない、自分の腕が微小な動きをしていたのです。要するに、自分が振り子を回していたのだと。

 

 ですがペンデュラムをしていると、質問に対して自分の想像と違う答えが出る場合があります。そしてそれが往々にして当たったりします。それゆえ、ペンデュラムは侮れないものだと思いました。

 

 ペンデュラムを使うときは、先入観をなくして無心の状態になる必要があります。そうすると顕在意識を離れて、潜在意識の状態にアクセスし、そこから筋肉に指令が行き、振り子が動くということのようです。中には集合的無意識にアクセスするのだという人もいます。

 

 ペンデュラムを使うときは邪霊に憑依されやすいと主張する人もいます。無意識の状態になるときに隙ができやすく、そこを邪霊が狙うのだといいます。たとえば、コックリさんをしていて邪霊に憑かれるのと状況は似ています。確かに人が振り子を手から下げてくるくる回していたら、おちょくってやりたくなるという気持ちはわかります。

 

【ペンデュラムがない時にどうするか】

 そこで、これからが本論です。

 私は振り子がなくてもペンデュラムを使う方法を二十年くらい前に開発しました。それは、力を抜いて腕をだらんと下げて、腕自体を振り子として使う方法です。腕をまっすぐ下げるためには、体軸をどちらかに傾ける必要があります。そうやって質問をすると、腕を回しやすい向きとそうでない向きが出てきて、腕がだんだんに回っていきます。この方法は別に腕でなくても良くて、首を右回しにするとか左回しにするとかでもいいのです。自分の体を使ってペンデュラムの動作をさせる方法は、はたから見ると多少不自然ではありますが、振り子を手に持って回すのよりはよっぽど自然です。注意点としては、飛行機の通路側の席でそれをやっていると通行人にぶつけられるおそれがあるくらいです。自分の体でペンデュラムをやっていて邪霊に憑かれるならば、それは元から憑依されてたってことで。(爆)

 

【ペンデュラムの注意点】

 ペンデュラムもOリングもそうですが、暗示を受けると答えが変わります。先入観があるとそれに引っ張られます。したがって、ペンデュラムやOリングに再現性はないと考えるべきです。ペンデュラムだけから結論を出すのは危険です。

 

【ペンデュラムのすすめ】 

 では、ペンデュラムはやめた方がいいのでしょうか?

 それが、そうともいいきれないのです。占いというとオカルト的ですが、予測するための一助にはペンデュラムが結構使えるからです。例えば二つの選択肢があり、どちらを選んだらいいかわからない場合があります。考えても迷うばかりで、とりあえずどちらかを選ばなければならない。そういう時にペンデュラムが意外に良いのです。

 どうでもいいような事柄にペンデュラムを使うのがおすすめです。たとえば、ランチのメニューをどれを選んだらいいか迷うようなときとか。あるいは、待ち時間がどれくらいかかるのかを予測したいときとか。結果がどう転んでも支障がないような選択でペンデュラムを使うのがいいと思います。

 ペンデュラムを使うことは先入観や偏見をなくして虚心にてありのままに物事を見る訓練になります。そして、先入観を常になくすことができるようになったら、もはやペンデュラムは不要となります。そう、物事を直観で判断できるようになるのです。

  

 現実問題としては、直観だけで動いていくのは結構あぶなくて、必ず読みを入れるべきです。すなわち、余裕があるときは直観に対してかならず検討すべきです。読みを入れる時間がない時は直観のみですが、その直感が当たるように普段からトレーニングしていくのがいいと思います。

 

 先入観をなくして冷静に判断するための知的方法としてディベートがあるのですが、それはまたの機会に。