映画「海よりもまだ深く」:人生どこで狂ったか

是枝裕和 原案・脚本・監督

配役: 阿部寛(篠田良多)、真木よう子(響子)、吉澤太陽(慎吾)、樹木希林(篠田淑子)、小林聡美(良多の姉)、リリー・フランキー(興信所所長)、橋爪功(ニイダ先生)、池松壮亮(興信所の良多の後輩)、中村ゆり(マナミ:興信所の職員)

 

【映画のあらすじ】

 この映画は、台風の一夜に一緒に過ごしたダメ男と元家族の「今」を描いたものです。別れてしまってからも元妻と息子に未練を残す男。新しい男との再婚生活に進みたい元妻。そんな元家族が台風の晩に年金暮らしをする老母の団地に泊まることになりました・・・。

 

【タイトルの謎】

 「海よりもまだ深く」とは思わせぶりなタイトルです。その後に何が来るのか映画を見る前に考えてみたのですが、「考える」「悩む」「眠る」「瞑想する」などはどれも本筋ではありません。月並みですが、「愛する」かなと思ったら、当りでした。テレサテンの歌「別れの予感」の歌詞の一節でした。

 

 「海よりもまだ深く 空よりもまだ青く あなたをこれ以上愛するなんて 私にはできない」

 否定形を用いた「愛する」の最上級の表現になるのでしょうか。

 

 ですが、登場人物の中に「海よりもまだ深く愛している」人は見当たりませんでした。むしろ、良多いの母の淑子が言った「私は海よりも深く人を愛したことなんかないけどさ、それでも楽しく生きていけるのよ。単純よ、人生なんて」というのが映画のメッセージのように思われました。

 「別れの予感」という曲が挿入歌に使われた理由は、別れた夫婦と息子が一晩一緒に泊まったのが元家族の本当の別れだといいたかったのでしょうか。

 

 結局、タイトルと映画との関係がよくわかりませんでした。

 

 人が見たいと興味をそそられるタイトルを付けるって本当に難しいです。たとえば、「台風24号の一夜」とした方が映画の内容には忠実だと思うのですが・・・。

 

【なりたい大人】

 浮気の件で金を脅し取った高校生から「あんたみたいな大人にはなりたくない」と言われて、良多は「みんながなりたい大人になれると思ったら大間違いだぞ」と答えました。

 

 「なりたいオトナ」ってなんでしょう?

 自分がやりたい事をやって、収入が沢山あって、いい所に住んで、家庭が安定していることでしょうか? 自己実現ってことでしょうか。この映画は、なりたい大人になれなかった側の話なのです。

 

【人生がどこで狂ったか】

 「どこで狂ったんやろ 私の人生」というせりふが出てきました。良多が浮気調査をした女のせりふでしたが、良多はこれを他人事でなく反芻することになります。

 

 「無人の食卓」という小説を書いて15年前に島尾敏夫文学賞を取った良多でしたが、その後は鳴かず飛ばず、ギャンブルに狂って生活は困窮し、妻子に逃げられてしまいました。息子は小学生なので、受賞は子供が生まれる前のことです。元妻の響子は大学の時に教職で国語をとっていたということで、良多と響子のなれそめは文学つながりだったのでしょう。文学賞をとって前途洋々だったはずで、しかも働ける能力がある妻をもらい、長男の慎吾が生まれて、やる気満々になるところですが、本当にどうして狂ってしまったんでしょうか、良多の人生は?

 

 いろいろな憶測は可能です。

 実は響子がとんでもない悪女だったとか、いわゆるさげまんであったとか。

 ですが、映画ではその気配はありませんでした。「愛だけじゃ生きていけないのよ、大人は」というのは響子のせりふです。世の中の主婦はみんなそう言うでしょう。

 むしろ、別れてからも良多が復縁を望むような魅力的な女性として響子は描かれていました。良多が「こんなはずじゃなかったよなあ」と言ったのを受けて、響子も「本当にそう。こんなはずじゃなかった」と答えました。

 

 良多がギャンブルにはまりダメ男になったのは、亡父のDNAである。これは、もっともらしいのですが、ギャンブルって一発逆転を望むメンタリティから手を出すもの。文学賞をとって新婚生活で希望一杯だったと思われる良多がなぜギャンブルに手を出したか、その理由がわかりません。

 

【何かの役に立っている】

 母の淑子が、良多がミカンの種を植えて育った鉢植えの木をさして「花も実もつかないけど、何かの役には立っている」といいます。良多に対してはきついセリフでした。息子の養育費を月一回渡すのも滞りがちで借金生活の良多。

 映画で競輪、パチンコ、宝くじが出てきました。ギャンブルは胴元が利益を上げるシステムが出来ていて、客の負け組が胴元を支えています。この時期の良多が何かの役に立っているとしたら、胴元を支えることだったでしょうか。

 

【未来が曖昧】

 亡父の形見の端渓の硯を質屋に30万円で売った良多ですが、響子や慎吾との関係を続けたいならば、その金をすぐに養育費に当てるべきではなかったでしょうか。

 

 過去があって現在があって未来が続いていきます。現在は一瞬ではなくて、とても長くて過去も未来も含んでいるのかもしれません。未来を変えていくのは、今の一念です。良多が台風の一夜に未来を変えていくような意識の変革をなしえたでしょうか。良多が質屋の主人に乞われて自分の書いた小説本に亡父の硯でサインをしようとするシーンがありました。この時に良多は何か決意をしたのでしょうか。

 

 台風一過の爽快感とはうらはらに、また生ぬるい日常に戻るようにして映画は終わります。 映画からはその先の未来が曖昧で見えてきません。むしろ、現状が何も変わらずに続く印象を受けます。台風の一夜がダメ男の運命の変化点であるかのような期待をして見続けていたのが、肩透かしを食った気分です。

 

 この映画は細部は精緻なのですが、遠くから全体を見ると曖昧模糊としています。その意味で日本的ともいえるかも知れません。会話は確かに面白いのですが、ネタが細かすぎて疲れました。 

 

【出演者】

 芸の幅を広げつつある阿部寛はダメ男役で新境地を開いたと思います。大男が団地の狭い浴槽に浸かっているシーンは「テルマエ・ロマネ」の記憶と合わせて笑ってしまいました。

 若いときから老け役が多かった樹木希林は本物の老人になり、人生に達観し、ひょうひょうとした演技が神がかってきたように思います。

 真木よう子は小学生の母親役がはまっていて、そういう年頃になったかと思わせます。この人の低い声が好きです。

 吉澤太陽は声が高くてかわいかったです。野球少年の役でしたが、実生活では代打は2-3から強振してほしいもの。

 小林聡美はしたたかな姉を好演していました。

 本当はそんな興信所所長はいないのでしょうが、リリー・フランキーが演じるとそれらしく思えてしまうのはさすがです。

 中村ゆりは若い娘役で美脚を披露していました。