映画「殿、利息でござる」:徳高き江戸期の日本人

監督:中村義洋, 脚本:中村義洋,鈴木謙一

原作:磯田道史

配役:阿部サダヲ(穀田屋十三郎),瑛太(菅原屋篤平治),妻夫木聡(浅野屋甚内),竹内結子(とき),寺脇康文(遠藤幾右衛門),きたろう(穀田屋十兵衛),千葉雄大(千坂仲内),山崎努(先代・浅野屋甚内),堀部圭亮(橋本権右衛門),松田龍平(萱場杢),羽生結弦(伊達重村),草笛光子(きよ)

 この映画は見たいというより、見なければならないと思っていました。そして、見てよかったです。

 ポスターでは主役のちょんまげが銭であってコミカルな演出がしてあるのですが、実際にはまじめで感動的な映画です。たかだか250年前にかように公徳心高く慎み深い人達が実際に居たということに大きな感銘を受けました。彼らは勇気と忍耐をもって大金を用意し、藩に大金を貸す行為を実行し、地域を助けました。そして、出資者を慎んで隠しました。彼らは一地方の住人で身分は百姓でした。江戸時代の日本人は徳において奥深いものでした。このような徳高き行為を支えていたのは儒学の教えでした。学問することの重要性をあらためて知らされました。

 

【内容】

 物語は明和三年(1766年)から始まります。仙台藩吉岡宿は二百軒あまりの宿場町でした。商業を営んでいた者もいましたが住人の身分は皆、百姓でした。吉岡宿の人々は仙台藩の物資を運ぶ伝馬役という役目を負っていました。そのために馬を飼い、人足を雇わねばならず、それらの費用は自前だったために宿場の人々には負担が重かったのでした。生活の苦しさから夜逃げする人も出て、宿場は寂れる一方でした。

 

 そんな時に京から茶師の菅原屋篤平治が嫁御をつれて戻ります。吉岡宿で作られる茶に京の公卿に銘をつけてもらい付加価値を上げるために京に上っていたのでした。吉岡宿にもうすぐ着くところで、篤平治は肝煎(宿場の代表者)から嫁を乗せていた馬を取り上げられてしまいました。伝馬役に使う馬が足りなかったのでした。

 

 造り酒屋の穀田屋十三郎は疲弊し寂れゆく宿場の現状を憂いていました。穀田屋十三郎は先代の浅野屋甚内の長男で穀田屋に養子に出されていました。浅野屋は造り酒屋であり金貸しもしている宿場で一番の大尽です。先代の浅野屋は数年前に亡くなり、今は弟が浅野屋を継いで甚内を名乗っています。

 穀田屋十三郎は、宿場一の知恵者を自称する篤平治に宿場の窮状を打開する方法を尋ねます。篤平治のアイデアは藩に金を貸して利息を取り、その利息を伝馬役の費用にあてるというもの。当時の仙台藩は藩主が官位がほしくて幕府に裏工作をしていて、財政が逼迫していたのです。藩に五千貫文もの金を貸すというアイデアは考えた篤平治すら実現性を危ぶむものでしたが、十三郎は即座にやる気になりました。十三郎と篤平治は肝煎の遠藤幾右衛門に計画を打ち明け、激烈な賛同を得ました。十三郎は味噌屋を営む叔父の穀田屋十兵衛をはじめ、両替屋の遠藤寿内、小間物屋の穀田屋善八などの同志を得て資金を増やしていきました。資金を出すのに彼らは大切な家財道具を売り払い、つつましい暮らしをして金を捻出したのでした。

 穀田屋十三郎は弟の浅野屋甚内に資金提供を頼むのには妙なこだわりを示しました。長男である自分が浅田屋を継がずに養子に出されたことが引っかかっていたのでした。浅田屋甚内はけちでしみったれという評判でしたが、一番多くの資金を快く出すことに同意しました。

 また、穀田屋十三郎は肝煎をまとめる大肝煎(村の役人)の遠藤幾右衛門にも話を持って行き賛同を得ました。遠藤幾右衛門は年若いができた人物で、出資者が慎むというルールを定めました。出資者同士が争わないこと、出資したことを秘密にすること、出資者が寄り合いで下手に座ることなどでした。

 

 ようやく資金があつまり、一同を代表して大肝煎の遠藤幾右衛門は代官の橋本権右衛門に藩に金を貸す事の一件を陳情しました。遠藤は事情をよく理解し、力になってくれ、藩の上層部に決裁を取り次いでくれました。そのときの藩の財政をにぎっていた萱場杢はこの一件を取り上げませんでした。

 

 力を落とす一同でしたが、その後新しい事実がわかりました。先代の浅野屋甚内が藩にお金を献上して労務を軽減してもらおうと陳情するために四・五十年前から銭を貯めていたというのです。けちでしみったれといわれようとも気にせずに金をためていたのはその目的ゆえでした。そしてその精神は今の浅野屋甚内にも受け継がれてしたのでした。

 一同は再び陳情することとし、代官の橋本はこの一件に大きく心を動かされ、萱場に必死の思いで訴えました。萱場はその話を聞き、一千両を借りることで利息を払う件に同意しました。ほっとした一同でしたが、新たな問題がわかりました。銭五千貫文は千両に相当したのですが、藩が銭を多く作ったので銭の価値が下がり、交換レートが変わっていました。小判一千両を収めるには、銭五千八百貫文を用意しなければいけなかったのです。

 もう銭は出さないというところで、なんと浅野屋がさらに金を出すといいました。酒米を買う金が無くて酒屋がもうつぶれる限界のところでした。また、宿場で煮売屋を営む、ときがつけの売り掛け金を払いましたが、まだ足りません。すると浅野屋甚内は自分が十年の奉公に出ることを条件に足りない分の二百五十貫文を借りました。それで、ようやく一千両がそろいました。

 

 金を藩に貸すことになり、萱場が宿場の一同に面会しました。中に浅野屋甚内がいないことを知り、萱場はその理由を詰問します。いわく、馬や駕籠をつけたのにどうして来ないのかと。兄の穀田屋十三郎は浅野屋が目が悪いが、馬や人に負担をかけるので馬や駕籠に乗らないという理由を儒学の一節を唱えて説明しました。儒学の一節は先代の浅野屋が幼い兄弟に読み聞かせていた言葉でした。萱場は「この藩で一番馬や駕籠に乗るのが誰だか知っているか」と言いましたが、結局とがめませんでした。

 

 後日、一同が宿場で集まっているところに七代目伊達藩主の伊達重村が訪れました。突然の殿様のおなりに慌てふためく一同。重村は「春風」「寒月」「霜夜」と半紙に筆でしたため、浅野屋甚内にこれを酒の銘柄にせよと授けました。重村は馬も駕籠も使わずに来て、歩いて城内に帰っていきました。

 

 つぶれかけていた浅野屋は藩主が銘をつけた酒が飛ぶように売れてつぶれずにすみました。宿場には毎年百両の利息が入り、伝馬役の負担軽減に役立ちました。戸数の減少にも歯止めがかったそうです。藩からの利息の支払いは一時期中断があったものの幕末まで続いたとのことです。穀田屋十三郎は満願成就から四年で亡くなりました。穀田屋十三郎の子孫は今も当地で健在で、酒屋を営んでいます。以上の顛末は龍泉院の栄州瑞枝和尚が「吉岡国恩記」として記録に残していました。

 

【監督・俳優】

 監督は「残穢」の中村義洋氏。吉岡宿の古民家や七つ森の風景が良く撮れていました。話のテンポが良く、上映時間の長さが気になりませんでした。

 主人公の穀田屋十三郎を阿部サダヲが熱演していました。この人が大きく目を見開いて訴える顔がアップになるときに何かに似ていると思ったのですが、後でわかりました。文楽の人形でした。いい意味で。

 仙台藩の酷薄そうな役人の萱場杢を演じた松田龍平は、顔のつくりが母親似だと思いました。

 煮売屋のときを演じた竹内結子は、映画・ドラマとひっぱりだこです。今年は九年ぶりの大当たりの年なのでしょう。

 先代の浅野屋の妻・きよを演じた草笛光子は、真田丸のばば様のイメージが強いのですが、本映画では毅然とした商家の妻を演じていました。