サイババのビブーティ

 今から20年以上前のことですが、インド帰りのある人からサイババのビブーティを頂きました。ビブーティとは灰です。神聖灰というのですが。

 

 当時は世紀末であり、ノストラダムスの四行詩を世の終末の予言だという者がいて、漠とした不安が世を覆っていたように思います。

 青山圭秀氏の「理性のゆらぎ」が1993年に出版されて日本にサイババブームが起きました。 

 サティヤ・サイババ(1926-2011)はインドの聖者で、空間から物質を出す奇跡を起こすということでした。彼は空間から灰を出して信者に与えることで、世の中の物の終末は灰であり、物質的世界がはかないものであることを教えたのです。そのビブーティ自体が自然に増えるという奇跡が起きるとも言われていました。

 

 そのビブーティが私の手元に今もあります。 

サイババのビブーティ
サイババのビブーティ

 さて、これがサイババのビブーティです。見たところはただの灰ですが、いい匂いがします。何か香料が混ぜてあるのでしょう。

 このビブーティからは、特別な波動というか気を感じません。やっぱり普通の灰に見えます。

 このビブ―ティが自然に増えたり減ったりすることはありませんでした。当たり前ですが。

 灰に触れると皮膚が荒れます。なので、肌に塗るには適しません。

 現実的にはあまり使い道がありません。

 

 

仏壇の線香の灰
仏壇の線香の灰

 比較のために、我が家の仏壇の線香の灰を示します。こちらはやや茶色がかっていて、灰の匂いがします。いたって普通の灰です。

 さて、私も当時サイババに会いに行きたいと思いました。そして、奇跡を実際に見たいと思いました。私は本当に行くべきか易占を行い、天雷无妄の卦を得ました。それは、みだりに動くなという意味でした。それで、結局行きませんでした。後から思うに行かなくて良かったです。

 

 後にサイババの奇跡はマジックであるという証拠のビデオが世に出ました。そこには、サイババが「灰を出す」前に灰を小さく丸めたものを指に挟んでいたシーンが撮られていました。灰は粉であり飛散するものという先入観がありましたが、灰に湿気を与えると固めることができます。サイババが灰を出すときに手をくるくる回しながら指をこするのですが、そのときに固めた灰をすりつぶしていたというのです。

 従者がひっくり返しに持ち上げた大きな壺にサイババが手を突っ込んで回すと無尽蔵のように灰が出てくるというビデオを見たことがあります。これも、灰がいっぺんに落ちてこないように部分的に固めておけばできる事だと思われました。

 そんなことがあって、サイババの奇跡はインチキだと言う人が現れ、サイババブームは終わりました。

 

 サイババとは何者だったのでしょうか。

 神の演出者だったと私は思います。神の奇跡を演出した者。その「奇跡」は物理法則的に不自然な行為でした。彼が演出した「奇跡」を見て信者は彼をいいように誤解したと思います。信者はサイババの元に集まり礼拝をし、病院や学校が建てられ、福祉が行われました。

 おそらく、奇跡を演出したのは彼一人ではなかったでしょう。協力者がいて、彼らもサイババの演出に乗ることで利益を得ていたのでしょう。 

 サイババの教えは伝統的なヒンズー教に基づいたものでした。「ただ一つのカースト」を唱えたことは、カースト社会にあっては新しいのかも知れませんが、世界的には当たり前のことでしょう。

 サイババは自分の死期を98才と予言したそうですが、85才で亡くなりました。彼は埋葬され、灰にはなりませんでした。

 

 サイババの立場になって考えると、インドでスピリチュアル・リーダーとなるには神を演出するのが手っ取り早かったのではないでしょうか。インドには瞑想して脳内解脱をした聖者が山のようにいるでしょう。その中で目立つには「奇跡」を起こすのが方便としてわかりやすかったと思います。

 

 奇跡を売り物にすると、信者はどうしてもそちらに目が行ってしまい、真実の教えを求めることがおろそかになると思います。その点で釈尊が奇跡を行わず、世の真理を教えた事は本質的であったと思います。