釈迦から禅宗まで、ざっくりと仏教を振り返る

 ある日のこと、お釈迦さまが大衆の前で黙って花をひねって見せると、弟子の迦葉が微笑みました。迦葉のみが釈迦が心で伝えた教えを心で理解したのでした。拈華微笑(ねんげみしょう)という故事です。以心伝心、テレパシーですね。仏法の真髄は言葉では言い表せないことを不立文字といいます。

 

 釈迦は瞑想によって悟りを開きました。苦行を捨てて、悪魔の誘惑を退けて悟りを開かれたのでした。そして、人々に悟った真理を話して聞かせました。釈迦の説法です。

 あるとき、お釈迦さまはご自身の寿命が尽きようとしていることがわかりました。お釈迦さまは涅槃に入る前に弟子達にお別れを告げました。弟子達は泣きながら「お釈迦さまが亡くなったら私達は何を頼りに生きていけばいいのでしょう」と問いました。お釈迦さまは、自己と法(ダルマ)に明りを灯して、それらをよりどころとして生きていくようにと教えました。「自灯明・法灯明」という話です。

 

 釈迦が生前に説いた真理は弟子達によって仏典にまとめられました。釈迦の入滅後に弟子たちが集まって、お釈迦さまの説法の言葉を思い出し、確認しあって、さまざまな経典が生まれました。時がたち、釈迦の説法を直接聴いた弟子達が亡くなった後にも仏典が作られました。たとえば、法華経は紀元0年前後から作られたようですが、釈迦が生きていたのは紀元前5世紀頃なので、ずいぶん時の隔たりがあります。しかし、誰も法華経を偽経という人は無く、法華経は重要な大乗法典として尊重されています。この理由はなぜでしょうか。

 

 法華経の先頭には「如是我聞」という言葉が書いてあります。「私はこのように聞きました」という意味で、その後に具体的な経文が書かれています。法華経の経文は伝聞にしては膨大で詳しすぎるように思います。それらは仏弟子による創作だったのでしょうか。

 如是我聞とは、どのようにして聞いたのでしょうか。私は仏弟子が釈迦の霊から直接聞いたことを経典に記したのだと思います。すなわち、経文の内容は「釈迦の霊言」だと考えます。優れた霊覚者である仏弟子が肉体を持たない釈迦・すなわち釈迦如来から聞いたことをまとめたのが法華経を始めとする大乗法典だと思うのです。

 

 時代が下ると、仏教はアジアに伝播し、インドよりも中国や東南アジアで盛んに信仰されるようになりました。「像法」の世にあって仏教成立の原点に戻り、釈迦が瞑想から悟りを得たように、瞑想から悟りを得ようとした人が出てきました。それが達磨でした。達磨は文字によらぬ真理をもとめて、座禅という方法で瞑想をしました。それ以後の時代に達磨の法流により、臨済宗曹洞宗などの禅宗が出て、それぞれ日本に伝わり、今日に至りました。