映画「アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅」:時間までも擬人化

監督: ジェームス・ボビン 

配役:ミア・ワシコウスカ(アリス)、ジョニー・ディップ(マッドハッター)、ヘレナ・ボナム・カーター(赤の女王)、アン・ハサウェイ(白の女王)、サシャ・バロン・コーエン(タイム)

【感想】

 この映画の内容は、ルイス・キャロルの原作である「不思議の国のアリス」と「鏡の国のアリス」に出てくるキャラクターや設定を踏襲して新しく作った話です。原作はマザーグースや言葉遊びや産業革命当時のイギリスの世相の風刺が含まれていて相当に奇妙な話です。この作品はディズニー映画の息がかかったことでさらに珍妙な話となっています。それは、無形で抽象的な概念を物質化・擬人化したからです。

 

  時間とはいったい何でしょう? 宇宙という言葉は「空間」と「時間」の広がりを意味しています。宇宙はビッグバンから始まって空間と時間を得たのでした。したがって、時間は宇宙そのものといっても良いのでしょう。

 人間にとって時間は天体の運行によって規定されています。地球の公転と自転の周期をもとに時間の単位が決まります。時間の管理人として、タイムという人物がワンダーランドに出てきました。何でも擬人化するのがディズニー映画の特徴ですが、この映画ではなんと時間までも擬人化してしまいました。ディズニー映画は、「秒」や「分」といった小さな時間の単位までキャラクターに仕立ててしまったのです。

 

 この映画に見る時間のイメージは興味深いものです。時間の宮殿はゴシック建築の教会のようです。視覚化された時間は大時計だったり、懐中時計だったりしますが、とにかく機械時計なのです。気学でいうと、教会や機械時計は六白の象意のものです。映画では、人の寿命は空間に吊るされている懐中時計で表現されていて、その時計が止まるとその人が亡くなるという設定でした。落語で人の寿命がろうそくの火で表されるのと比べると面白いです。人類全体の寿命を示す懐中時計は当時生きていた人だけでも、だいたい3万掛ける3万個イコール9億個が吊るされていなければならないのですが、この映画ではしょぼい数が下がっているだけでした。しかしながら、こういう映画は人間のイマジネーションを楽しむものなので、こんなあら捜しをするのは無粋かもしれません。

 

 アリスは時間の宮殿にあるタイムスフェア(時間球とでも訳すべきか)を盗み出して、時をさかのぼって過去を変えようとします。結局、過去は変えられなかったのですが、過去が持つ意味が変わりました。タイムスフェアを元の場所に戻さないと時が止まって世界が終末を迎えます。世界が終末になる前にタイムスフェア返却が間に合うかで、最後は時間との競争になります。そして、この映画では、世界の終末のイメージは物が錆びついてしまうことなのですね。面白いのは時の進行を止めるために、秒と分が合体した巨人が大時計の針を止めようと頑張るところです。何もしなくても時間は刻々と過ぎていくものです。時の経過を遅らせるには秒や分といった短い時間の役割が大きいという寓意が含まれているようで興味深いです。

 

 冒頭でアリスが船長を務める帆船ワンダー号がマラッカ海峡の海賊から追われて逃げ切るシーンやタイムスフェアがアリスを乗せて飛翔し時間をさかのぼるシーンは見どころです。顔自体が大きい赤の女王と顔の造りが大きい白の女王の対比は面白いです。ジョニー・ディップが演じるマッドハッタ―の表情が豊かです。まあ、豪華で見事な映画といえましょう。