映画「四月は君の嘘」:橋から川に飛び込むのは危険です

原作: 新川直司、 脚本: 龍居由佳里、 音楽: 吉俣良、 監督: 新城毅彦

出演: 広瀬すず、山﨑賢人、石井杏奈、中川大志、板谷由夏、壇れい

 

 この映画はまず俳優ありきで企画されたように思います。主人公の挫折した元天才ピアノ少年・有馬公生には黒王子を演じた山﨑賢人。ヒロインの病身のバイオリン少女・宮園かをりには、「ちはやふる」で熱血かるた少女を演じた広瀬すず。どう想像してもこの二人が原作のイメージと一致しなかったのです。原作では主人公と同級生は中学生の設定でしたが、映画では高校生に変えられていました。広瀬すずの金髪の中学生姿を見てみたかったものですが、さすがに中学生役は無理とされたようです。

 人気漫画を映画化するにあたって、旬の若手人気俳優を起用し、吹き替えで音楽を付ければとりあえず作品ができるものですが・・・。

 

【実写映画化の一般論】

 原作漫画やアニメの描いた世界を尊重することは実写映画化のポイントのように思われます。漫画やアニメのコアなファンから「映画もいいよね」と言われるような作品を作れば、原作を知らない客層も引き寄せられます。野心的な製作者は漫画やアニメを圧倒するような映像やストーリーを創造して原作を超えることを狙いますが、大抵はコアなファンからそっぽを向かれて大コケする危険性が高いように思われます。もちろん、原作に現実離れした脳内お花畑感覚があれば、現実に即したように修正していく必要はあると思います。一方で2時間の枠に話をうまくまとめるために、原作の中で省略が必要な部分が出てくるでしょう。そのあたりの取捨選択にセンスが必要です。

 

【ストーリーの甘さ】

 演奏会のためには練習あるのみでしょう。バイオリンのピアノ伴奏をするのに、練習して合わせないでぶっつけ本番ってありえない事でしょう。天才なら練習しなくてもできるだろうというのは安易な思い込みであって、天才は努力も含めて天才的なのだと思います。音楽をたくさんの人と共有するために必要なのは演奏を確かなものにする努力です。

 

【同級生四人の心の世界】

 有馬公生と澤部椿、渡亮太の三人組は幼馴染で仲良しです。椿は公生が好きですが公生は椿をなんとも思っていない様子。5歳の時に公生のピアノ演奏を聴いて公生を好きになった宮園かをりは亮太を好きと偽って公生に近づき、亮太の代役ということで公生と付き合います。そして公生はかをりを好きになって告白するのですが、かをりは単純に喜ばずに悲しそうにしました。そこにはかをりの秘めた思いがありました。椿はかをりの本心を知りつつも公生への好意を顕わにしました。また、亮太はかをりが好きなわけではなく、別の子が好きな様子でした・・・。

 そういう理解でいいのでしょうか?と原作に詳しい人に聞きたくなるほどに四人の心情は複雑でした。そのあたりは映画でも描かれていたのですが、ぼうっとして見ていました。そのあたりの心理の綾がきっとこの作品のポイントだったのでしょう。

 

【危険なシーン】

 かをりと公生が高い橋の上から川に飛び込むシーンがありました。もちろん実際には飛び込んでいないのですが、これを実際に行うとかなりの確率で溺死するでしょう。川が浅ければ全身打撲です。深い淵に落ちたとしても、着水時の衝撃、深く沈んでから浮き上がるまでの長い間の息止め、着衣での水泳困難といった理由でやばいでしょう。わかっているとは思いますが、よい子はマネをしないようにしてください。

 

【変な大学病院】

 大学病院のシーンが出てきましたが、いろいろと変でした。白衣を着た人(医師?)と業者らしい人が病院玄関前で何やら打合せをしていたようですが、現実にはそんなところでは話をしないでしょう。白衣を着た看護師(?)が病院の外で患者さんの車椅子を押していましたが、院内ならともかく、院外ではあまり見かけない風景です。付き添いの人が押すのならわかるのですが。かをりが手術場に移動するときに、ストレッチャーならわかるのですが、ベッドに乗せられていたのも不自然。手術場で開腹手術を受けているときに、かをりの顔が露出していましたが、実際は顔にも覆布をかけるものでしょう。

 

【俳優の演技】

 広瀬すずと山﨑賢人が役柄に対してすごく努力したのは、わかりました。最初のコンクールの演奏シーンで広瀬すずのボウイングは波打っていて素人丸出しだったのですが、公生がショパンのバラード1番を幻の二重奏で弾いたシーンでは、バイオリンの弾き方が様になっていました。山﨑賢人のピアノを弾く動きもバラードの演奏の場面では上達していてダイナミックでそれらしいものでした。

 それゆえに、二人の最初にコンクールの演奏シーンが残念なのです。あのような弾いたふりで聴衆がスタンディングオベーションってありえないです。コンクールのシーンは映画の物語の中で公生とかをりの最初で最後の共演であり、それまでピアノ演奏から逃げていた公生の生き方が大きく変わった重要な出来事でした。私が監督だったなら、出演者二人の演奏技術が上達した時に改めて最初のコンクールのシーンを撮り直したでしょう。

 また、公生の母親役を演じた壇れいは鬼気迫る演技で怖かったです。

 

【音楽と映画】

 音楽を扱う映画では、音楽がきわめて重要です。極論すれば、音楽がすごく良ければその映画は歴史に残ると思います。この映画の中での演奏は崩してあり、セリフが余分であって映像なしで感動するかは微妙に思われました。それでもいいなと思えたのは音楽そのものが持つ力のせいなのでしょう。音楽は音楽だけで純粋に完結する力を持っているので、そこにストーリーが後付けでついて重くなるのは私は好きではありません。ですが、観客がこういう映画をきっかけにして曲を知り、音楽を聴くようになるならば、それはそれで良いことだと思います。