映画「聲の形」:いじめを償えるか、許せるか

原作:大今良時、監督:山田尚子、脚本:吉田玲子

キャスト:石田将也(入野自由)、西宮硝子(早見沙織)、西宮結弦(悠木碧)、永束友宏(小野賢章)、植野直花(金子有希)、佐原みよこ(石川由依)、川井みき(潘めぐみ)、真柴智(豊永利行)、小学生時代の石田将也(松岡茉優)

 

 京都アニメーションが制作したこのアニメ映画は青春物ですが、キャラクターの可愛らしさとはうらはらに内容は深くて重いものです。ここで描かれた世界は誰が善で誰が悪かという単純なものではありません。優しさと残酷さ、友情と裏切り、コミニュケーションと誤解などが若者の繊細な感性を通して描かれます。話はハッピーエンドで終わりますが、私は割きれない思いが残り、いろいろと考えさせられました。

 このアニメの色彩はとても美しいものです。パステルカラーを基調とした配色は単純に見えて複雑なぼかしが入っています。とくに薄い青や緑の色使いが印象的でした。声優の声に力があり、劇中の音楽も効果的でした。劇場で見るのがおすすめで、見るごとに味わいが深くなる傑作だと思います。本日10月22日夕方の札幌での上映はほぼ満席で、終演時には拍手が起きたものです。 

 

【あらすじ】

 主人公の石田将也は小学生の時、転校生の西宮硝子をいじめました。硝子は聴覚に障碍がありました。同級生達は積極的にいじめに荷担しなくても将也に消極的に同調したりして、いじめをやめさせませんでした。担任の男性教師がいじめを見て見ぬふりをしたこともあり、将也のいじめはエスカレートし高価な補聴器を八台も壊すに至り、硝子の母親からの苦情が学校に寄せられました。校長先生が教室に乗り込んでいじめの調査をしたとき、担任は将也を弾劾しました。将也のいじめに同調していた同級生は将也にすべての責任を負わせました。それから、将也は孤立し、同級生達からいじめられるようになったのでした。将也はある日自分の机をぞうきんで拭いていた硝子を不審に思い咎めました。そして硝子と将也は取っ組み合いの喧嘩をしました。同級生が将也の机に書いた落書きを硝子が消していたのが分かったのは後のことでした。将也は人からいじめられる苦しみを知るとともに人に対して心を閉ざすようになりました。それから将也は人の顔をまともに見ることができなくなり、人の顔にバッテンがついて見えるようになったのでした。そして硝子は転校していきました。

 

 高校生になった将也はある日、手話学習会で偶然硝子を見かけました。将也は自分が硝子にしたことを悔いて硝子に謝りたいと思いました。そして将也は手話を習い、硝子に近づき自分が硝子から取り上げて池に投げ捨てた筆談ノートを返しました。そんな将也を当初硝子に会わせないようにしたのは、姉想いの男勝りの妹・結弦(ゆずる)でした。硝子は将也の思いを知り、二人は交流するようになりました。人に対して心を閉ざしていた将也は不良にからまれていたクラスメートの永束を助けたことで永束から熱烈に好かれて永束と友達になりました。そのことをきっかけにして将也は人間不信を脱するきっかけをつかみました。高校の同級生真柴と友人となり、気まずかった小学生の友人達とも関係を修復していきました。硝子は将也に対して恋心を抱くようになりました。その頃、硝子の右耳の聴力は失われ、使う補聴器が片方だけとなりました。ある日硝子は勇気を出して左の補聴器が見えるポニーテールの髪型にしました。そして声を出して将也に「好き」と言いますが、「月」と誤解されて伝わりませんでした。

 

 その後、小学生時代の将也の硝子をいじめた過去が明るみに出たことで将也の立場が悪くなりました。小学校時代の友人たちからも責められる将也。橋の上で友人達は将也と硝子から離れていきました。夏休みとなり、将也はつとめて硝子と一緒に過ごすようにしました。びんたを食らったことがある硝子の母の誕生日にケーキを作りました。硝子は自分のせいで将也が立場が悪くなったと自分を責めました。そして自分がいなければと思い詰めて、花火の晩に自宅の高層マンションのベランダから投身自殺を図ります。その場面に駆けつけた将也は硝子を助ける代わりに自分がベランダから落ちてしまいました・・・。

 

【感想】

 このアニメは現実と乖離した部分があると思います。まず第一に、硝子の高価な補聴器が最初に壊された時点で親からクレームが出るはずですが、そうならずに8セットもの補聴器に紛失や破損が生じたこと。第二に、高校時代に謝ろうと思って近づく将也を硝子が拒否せず、恋愛感情をいだくようになったこと。通常は硝子に拒否されて将也がストーカー化する展開が予想されます。また、将也がいじめを反省したことは稀有で殊勝なことと思われました。第三には、硝子が投身自殺を企てる場面では硝子のみ落ちる可能性が一番高く、硝子と将也の二人とも落ちる可能性が次に高いと思われました。そして、落ちたら命が助からない可能性が高いでしょう。アニメはファンタジーなのですが、この映画はファンタジーであることで救われている部分が大きいです。

 

 なぜ、小学生時代の将也が硝子をあれほどまでにいじめたのか。常軌を逸したいじめの真の原因は結局わかりませんでした。いじめを反省した者が生きている間に被害者にどのような償いができるのか。被害者はいじめた人を真に許すことができるのか。そういう観点からこの映画を見ると面白いと思いました。そして、カルマの観点から将也が硝子の身代わりとして落ちることが必要だったのか考えさせられました。

 

 『西宮は「私と一緒にいると不幸になる」と言った。西宮を不幸にしたのは俺なのに。』という将也のせりふがすごく印象的でした。「私といると不幸になる」というのは多少は当たっているのかもしれません。いじめられる方は不幸ですが、いじめっ子は決して運がいいわけではありません。むしろ、「私といると不幸になる」というよりも、いじめっ子もまた不運で不幸なのです。そして、いかなる理由があれ自殺するのは大間違いです。人間を殺すということは、それが自分であっても霊界で非常に重い罪です。自殺をしても罪を犯すだけで何も解決しません。残された人を悲しませて罪を増やすだけです。いじめを見ていた人は皆、いじめの当事者と縁があり関係があります。そしてカルマの解消のためには、縁のある人全員が必要なのです。人間は人生において一人ひとりが主役であって、役を降ろされることはあっても自分から役を降りることは許されないのです。負のカルマがある人は自分が苦しんで負のカルマを解消した後で幸福がやってくるのです。この件に関連して「不昧因果底の道理」という禅の言葉があります。因果をくらまさないで、勇気と忍耐力を持って前向きに生きることで薄紙をはがすように運命が改善していくのです。

 

【こだわりを感じるところ】

 舞台は大垣市。水がきれいなところだそうです。映画にも川や橋や池や雨など水がたくさん出てきました。西宮硝子という名前も水を感じさせるものでした。西宮神社に祭られている戎様は水の神様で忍耐と人間関係に功徳があります。硝子は「しょうこ」とも「ガラス」とも読みます。硝子は何かというと人を責めずに「ごめんなさい」と言って自分を責める性格です。硝子は、ガラスの心というよりも水晶のような魂を持つ純粋無垢な人だと思います。それが一部の人から偽善者と誤解されてしまうのがやりきれない話です。

 

 硝子と結弦の祖母が亡くなり、葬儀の後で蝶が飛んでいくシーンがありました。たしかに、亡くなった人の霊が蝶や鳥に憑いて遺族に会いにくることがあります。

 

 このアニメの色彩は本当に美しく、遠くの山の端の風景がきれいでした。特に花火のシーンの美は圧巻でした。花火の炎の明るさも闇の深さも良く表現されていたと思います。

 

 この映画では後の出来事を予感させるシーンが前に出てきます。冒頭に将也が償いのために橋から投身しようとして花火の音で我に返り踏みとどまったシーンがありました。後日、花火の晩に硝子は飲み物のカップに涙を落とし、いつものように「またね」と手話をすることなく、マンションで投身を企てたのでした。また、将也が硝子と遊びに行った際に、公園の大きなすり鉢状の場所で滑ってしまいましたが、そのときに硝子が伸ばした手は将也に届かず将也は底まで滑り落ちてしまいました。硝子が身を投げた時に将也が伸ばした手は硝子の手首をしっかりとつかみましたが・・・。

 

【声の力】

 私はマンガを読まずに映画を見たのですが、映画で良かった点は声の表現でした。声優たちの声はすごく表現力があり、品格が感じられて、声を聞いているだけで心地良かったのです。高校生の将也の声を担当した入野自由さんの優しさを感じさせる声、硝子役の早見沙織さんの声にならない魂の響きを込めた叫び声、どちらもすごく良かったです。いじめっ子だった小学生の将也と反省した高校生の将也は全く別人に思われました。それもそのはずで、小学生時代は松岡茉優さんが担当していて、いい味を出していました。

 

【山田監督の舞台挨拶】

 今日、10月22日に札幌のシネマフロンティアで山田尚子監督の舞台挨拶がありました。山田監督はサンドカラーの上着と黒のロングスカートで登場。この日の19時の札幌市の気温は6.5度。午前に仙台市で舞台挨拶を終えてから来道された監督には初めての札幌は寒かったようです。監督の話からはアニメ制作への細部のこだわりが感じられました。将也の姪のマリアがカニのイメージの髪型をしてカニの絵のついた服を着ていること。石田家の食卓の卵焼きとベーコン、パンとピザなどがおいしく見えるようにしていること。水の描写。将也と硝子の瞳に入れている緑色、涙の水色、泣く永束の鼻水に使ったきれいなクリーム色・・・。細かいところまで入念に作られたそうです。声優さんたちについても話があり、将也役の入野さん、硝子役の早見さん、ほか全員がよく役にはまったそうです。早見さんについては第一声を聞いて安心したそうです。話を聞いているうちにすぐ時間となってしまいました。山田監督はドラマ「北の国から」のファンだそうです。これを機会に北海道へたびたび来ていただければ、と思います。