映画「溺れるナイフ」:水と火の神のパワー

原作: ジョージ朝倉

脚本: 井土紀州、山戸結希

監督: 山戸結希

配役: 小松菜奈(望月夏芽)、菅田将暉(長谷川航一朗)、重岡大毅(大友勝利)、上白石萌音(松永カナ)

 この映画はなかなか良かったです。何の先入観もなく、ただ見ればいいと思いました。地方から上京して女優になった人に地元でこんなストーリーがあったかと想像すると楽しめます。

 

【あらすじ】

 舞台は浮雲町。広島っぽい方言が話される海辺の町です。そこで老舗旅館を切り盛りする祖父を手伝うために中3の望月夏芽の一家が東京から引っ越してしました。夏芽は東京で雑誌の表紙を飾るなどモデルとして活動をしてきました。夏芽が浮雲町で神社の禁足地の海辺に足を踏み入れてみると、金髪の少年コウが海に浸かっていました。それが夏芽とコウの鮮烈な出会いでした。田舎暮らしをする夏芽は同級生で町の有力者の息子で自由奔放なコウに魅かれていきます。そんな夏芽を東京から来たカメラマンが撮った写真集が人気になります。浮雲町には「喧嘩火祭り」があって、コウは祭りでかぶるお面を作るのでした。「喧嘩火祭り」の晩に夏芽は東京から来た変態男に襲われました。コウがその場所に駆けつけたのですが、コウは男によって倒されてしまいました。夏芽は町民達によって救出されたのですが、この呪いのような一件は夏芽にとってもコウにとってもトラウマになりました。夏芽が高校生になると、コウは不良化しました。そして、夏芽は友達の大友と関係を深めていきました。ある日、夏芽に映画撮影の話が来ました。夏芽は好きだったコウと結ばれましたが、結局コウとも大友とも別れて町を出て映画の世界に行く決心をしたのでした。そうしてまた、「喧嘩火祭り」の晩がやってきました・・・。二人はかつての「呪い」を振りほどくことができるのか。

 

【感想】

 あらすじにしてみると、なんだか素っ気ないものですね。人気俳優の菅田将暉と小松菜奈を気鋭の監督が撮る。素材はいいので、あとはいかに美しく、色っぽく、せつなく撮るかです。菅田将暉は追えば逃げ、逃げると思えば絶妙なタイミングでばったり現れる猫のような役を美しく色っぽく演じていました。コウは、セトウツミの瀬戸と同じ人間が演じているんですよ。俳優って、不思議な存在です。小松菜奈は森で仰向けに寝た状態で写真を撮られるのですが、これまた美しく色っぽいです。そして、二人は猫がじゃれるようにして走ったり、海に潜ったりします。そしてコウは火祭りでカラス天狗の面をかぶって松明を振り回します。走る・濡れる・火祭り、濡れる・走る・火祭りみたいなノリなのですね。自然の中で二人を美しく撮るという監督の意図はこの映画ですごく良く表現されたと思います。

 

 浮雲町自体は架空の町ですが、ロケ地は和歌山県の新宮市や那智勝浦町や串本町であるらしいです。映画では海と森の存在感が強烈です。また、映画で話された広島風方言の印象がつよくて、土着的なパワーを感じさせました。そして、美しい海辺の風景も、なんということもない漁港も、そのままの風景よりも菅田将暉と小松菜奈の二人がいる方が見映えするのでした。そこはカミが息づく町。その土地の守護神、すなわち産土神(うぶすながみ)ですね。コウはその土地で神と一体化しているようです。神は肉体がないので、コウに神懸りして夏芽を守ったように思えました。神は人の自由意志を尊重します。なので、夏芽が東京に出て女優をすることに神は反対しないのでしょう。そして、コウは町で神と共に生きる道を選びました。火と水でカミというと駄洒落のようですが、ロケ地には神の力を感じさせるパワーがありました。そう、そこは死と再生を象徴する熊野の神界。南方に補陀落浄土があると信じられた土地でした。上京して女優の道を歩み始めた夏芽に浮雲町からのパワーは届いているようです。映画で、海水に落ちて沈んでいったナイフが象徴するものは何だったのでしょうか。