ダンテ「神曲」を読む④

【天空篇】 

 簡単に言いますと、ダンテの「神曲」の地獄篇は舞台が地底で「痛い」世界、煉獄篇は舞台が高い山で「疲れる」世界でした。天国篇は舞台が天空で「気持ちがいい世界」です。ただ、この「気持ちいい」感覚は肉体的な快楽ではなく、充足感や安心感のような精神的なものです。ダンテは天空篇でベアトリーチェと一緒に様々な星や天を訪れました。それらの天空は象徴的、形而上学的に描かれています。そして、ベアトリーチェの姿を凝視していくうちにダンテの内面は変容していきました。

 

 天空篇はその分量の割にはおかずとなるような部分が少ない印象を受けます。そこで、天空篇のエッセンスを思いっきり濃縮してみましょう。そのためには、第30歌の「至高天」を参照します。

 

 ダンテは「至高天」で純粋な光でできた空を見ました。それは叡智の光であり、愛に満ちています。それは真実の善の愛であり、歓びに満ちています。その歓びはあらゆる甘美を超越しています。そして、ダンテは天上の光源をぐるりと囲んで、天上への帰還を果たした人々が映されているのを見ました。

 

 至高天とは、およそそんな内容ですが、宇宙の本質を鋭く表現しているのではないでしょうか。宇宙の本質は愛であり、まばゆい光に満ちた世界です。宇宙の愛に満ちた光を大きな神といってもいいでしょう。人の魂は光を発し、肉体を離れて神なる光の世界に帰っていきます。どんな光も混ざりあうことができます。そのように、魂の光が天の光の世界と混ざり合うことは至高の歓喜なのでしょう。