又吉直樹「火花」:笑えぬ漫才

 「火花」は又吉直樹氏の処女作で、芥川賞をとって大きな話題となりました。ブームのほとぼりが冷めた頃にひっそりと感想を書こうと思っていました。内容は、新人漫才師の徳永が4才年上の先輩・神谷を漫才の天才と認めて彼と交流する話です。漫才を題材にした作品ですが、作中に出てくるギャグが面白くないので私には神谷が天才かわからないのです。もっとも、この点は文学的価値に影響がないことです。

 

 徳永と神谷の出会いは熱海の花火の晩でした。イベントの進行遅れのため、花火の打ち上げ時に漫才をやるはめになった徳永に観客は注目しません。そのあとに「仇とったるわ」と徳永に言って出演した神谷は観客の死後の行き先を「地獄」「地獄」と連呼しました。観客はかたきではないですし、おかしくないギャグで、おかしいのは彼の頭なのだと思いました。でも、徳永は神谷を天才だと思い、彼に弟子入りしました。神谷は「漫才師の使命は面白い漫才をすること」だと自覚しています。でも彼のギャグは難解で凡人には面白くないです。徳永は観客を意識して漫才のネタに自主規制をしています。神谷はネタのリミッターを外しています。徳永は観客の反応を気にいますが、神谷は意に介しません。徳永はそこそこ人気が出てテレビ出演しますが、神谷は人気がでません。神谷はヒモ同然でしたが、彼に尽くした彼女は別の男とくっついて去りました。そして神谷は借金をかかえて消息不明になりました。漫才ブームが過ぎ、徳永は相棒の結婚を機にコンビを解消し漫才師をやめました。その後、徳永は神谷と再会しますが、そのとき神谷は豊胸術をして巨乳になっていました。それも30代の巨乳のおっさんがいたら面白いだろうという思いつきでそうしたのです。体を張った神谷のギャグでしたが、見事に外してしまい、徳永に「畢生のあほんだらだ」と思われてしまいました。徳永の変貌は、小説に無理やり落ちをつけたかのような結末に思えます。巨乳で笑いをとるならば、「おっぱいバレー」のように服の下にバレーボールを入れてみるだけで十分だと思いました。

 

 漫才のルーツは正月の門付などに行われた尾張万歳だといいます。笑いには破邪の力があるといいます。漫才の本流はしゃべくり漫才だと思うのですが、しゃべりに良い言霊を使ってめでたい感じを出すのが真に笑えるこつではないでしょうか。また、忌み言葉に気を付けて悪しき言霊を使わないことも大切でしょう。レギュレーションがある中で最大限の面白さを提供するのがお笑いの天才だと思います。

 

 では、お前が笑える漫才って何やと聞かれたら、ナイツかなと答えます。漫才のスタイルはボケが常人とずれたところを出して、それをツッコミが常人の立場で対応して笑いを誘うものです。ナイツのボケは言葉を言い間違えて妙な面白さを出します。内容は時事ネタであったり人物いじりであったりしますが、ヤホーで検索していくかぎり彼等がネタに困ることはないでしょう。

 

 「処女作には、その作家のすべてが含まれている」と言われています。続編があるとしたら、徳永と神谷がコンビを結成して、神谷のボケに徳永が全霊を込めてツッコミを入れてほしいものです。

 又吉氏の次回作に期待したいと思います。