映画「僕らのごはんは明日で待ってる」:うまそうに食べようよ

原作:瀬尾まいこ

監督・脚本:市井昌秀

出演:中島裕翔(葉山亮太)、新木優子(上村小春)、美山加恋(鈴原えみり)、片桐はいり、松原智恵子

 【あらすじ】

 主人公の葉山亮太は兄を病気でなくしたことで、死を意識した暗い高校生時代を送ります。そして、亮太は体育祭をきっかけに同級生・上村小春と恋仲となりました、その後、亮太は大学に、小春は短大に進学しました。小春の方から一方的に別れを切り出されて二人は一旦別れました。小春は祖母との二人暮らしでしたが、その祖母が交際に反対したからでした。そこに積極的にアタックしてきた鈴原えみりと亮太は付き合いましたが、亮太は小春のことが忘れられません。えみりは離れていき、亮太は小春に会いに行きます。小春が肉腫で子宮を取る手術をすることになり、亮太は小春の悲しみを知り、ある方法で励ましました。二人はよりを戻し、手術後に寄り添うのでした。

 

【感想】

 この映画をなんと評したらいいものか悩みましたが、結論はシリアス調の大ボケ映画です。広告の「この冬、最強のうるきゅんムービー」からしてボケてます。あらすじは最強のうるきゅんストーリーでもいいのですが、それをシュールな非日常に変えてしまう監督の腕力は非凡です。主人公役の中島裕翔とヒロインの新木優子、そして二人目の彼女役の美山加恋もこの映画で恥ずかしいプレイをやらされている感があります。

 

 亮太はそのネガティブな性格から「イエス」というあだ名で呼ばれています。この点からしてギャグだと思われます。一般的にイエスの性格は「慈悲深い」と思われています。(バッハのコラールみたいですが。) それに加えて、私はイエスは熱血漢で行動的で白黒はっきりつける性格だと思っています。なので、亮太の「イエス」というあだ名には抵抗感があるのです。イエスは人々の罪を背負っ処刑されました。亮太は人の罪を背負ったのでしょうか。単に深刻ぶってるだけではなかったでしょうか。

 

 青春映画の売りは「若さ」でしょう。若者が持つ狂おしいほどの生のエネルギー。持てあますほどの生命力。そこに若さの魅力があります。この映画で若さが出たシーンは高校の体育祭でした。亮太と小春はクラス対抗のミラクルリレーの最終種目・米袋ジャンプで男女のペアになりました。最下位でタスキを受け取った亮太・小春ペアは息があったジャンプをして、前の走者をごぼう抜きにして大逆転をして一位でゴールしました。そして紅組を優勝に導いたのでした。私は、タスキを受け取ったら話してないで早くスタートしろよと思いました。また、びりから大逆転でトップでゴールしたのも、くさい演出だと思いました。絶句したのは、ゴールして倒れこんだあとに小春が亮太に愛の告白をしたことです。遠くに優勝した紅組のチームメイトが集まり、胴上げまでして狂喜しています。なんというシュールな画面でしょうか。本来ならは優勝の立役者である亮太と小春がクラスメートからもみくちゃにされて胴上げされるのがふさわしい場面です。当然、告白している余裕はないはずです。皮肉にもこの映画で最も若さの発露が見られたのはエキストラで出ていた高校生諸君でした。

 

 「死」と向き合うことで、いっそう「生」への欲求が燃え上がるのでしょう。変な例えですみませんが、葬儀場で働いて死に関わった壇蜜は、その後、エロの表現に走りました。結核で亡くなった正岡子規は、治癒のために滋養物をたくさん食べた健啖家でした。この映画では、病死した兄が病院にお見舞いした亮太にパンを渡して「食べろ。飲め。死は誰にも来る」と言いました。死の恐怖と向き合い、生のために食べる、というのがこの映画のテーマの一つだったと思います。そのわりには出てくる食べ物がしょぼいのです。クリームパン、ソフトクリーム、フライドチキン、ポカリスエット、オムライス、ハンバーグ、定食・・・。しかも、亮太はソフトクリーム、ポカリ、オムライス、ハンバーグ、定食にほとんど口をつけずに喋っていたではありませんか。「このごはんのお米は何粒かな」とかボケをかませずに、うまそうに食わせろよと思いました。

 

 カメラの撮り方も拙いと思いました。兄の墓参りのシーンでは画面が手ぶれで揺れてました。墓地のロケ地は、お寺の古いお墓ではなく、霊園の新しいお墓の前の方がふさわしかったのではないでしょうか。

  また、二人が対面して話すのを横から撮ったシーンがありました。それを長回しでやられると、映画館の広いスクリーンで右と左のどちらの人を見たらいいか混乱するのです。なので、横から撮るのは一瞬でいいと思います。最後の方で二人が食堂のテーブルに対面して座って食事をするシーンがありました。このシーンも右と左とどちらを見たらいいか迷ったものでしたが、中央の奥に食堂のおじさんとおばさんが写っていて、何かあるのかと思っていたらそのままであり、間抜けな撮り方に思えました。

 

 恋愛表現の演出についてです。小春が亮太に抱きつくシーンでは、小春がテーブルに立ち上がるのは変でないでしょうか。二人目の彼女・えみりが亮太に大胆に抱きつくシーンは唐突で恥ずかしいものでしたが、亮太にチューくらいさせないと彼女に恥をかかせることになるのではないでしょうか。それと、小春がごはんを食べているときに亮太に唐突にチューさせるのはお行儀が悪いのでやめてほしいです。

 

 小春が亮太の振ったのは祖母の意見のためだったとのことですが、小春は「私にとって、おばあちゃんの言葉は日本国憲法よりも重いんだ。」と言ってギャグをかましました。

 

 圧巻だったのは望遠鏡で小春が泣いていたのを見た亮太が走り出すシーンです。まず、カバンを忘れるのがボケてますが、それから亮太はなんとケンタッキーフライドチキンの店に行き、カーネル・サンダース人形をもぎ取って横抱きにして走り出しました。これには度肝を抜かれました。これって窃盗でしょ! そして、亮太は小春がいる病室にカーネル・サンダース人形を持ち込み、小春と握手させました。ここで私はぶっ飛びました。前に小春が「カーネル・サンダースと握手すると何か勇気をもらえる気がするでしょ。」と言って握手をしたネタふりを受けてのシーンですが、亮太は就職大丈夫かと心配になりました。

 

 晩に亮太が小春のいる病室に忍び込むシーンがありました。当然、面会時間を過ぎてます。そして、片桐はいりが扮する同室に入院しているおばさんと小春の件について話をします。カーテンの影で小春が聞いているのになんと無神経なのでしょうか。おばさんは入院生活にあきあきしているようで、ウーロン茶のペットボトルに酒を入れて、薬袋にお菓子を忍ばせています。それってアウトでしょ。ナースの目と鼻が節穴だと思っているのでしょうか。小春の手術中に亮太は待っている小春の祖母に菓子パンを上げて兄の話をします。それで祖母が亮太を見直すという筋でした。ですが、手術の際に死のことを話すのは縁起でもないでしょう。

 

 総じて、この映画の世界観は私にとってパラレルワールドのようなものでした。

 なお、子宮移植の医学研究が実用化段階に来ています。それが一般化したら子宮摘出術を行った女性が子供を授かるのに福音となることでしょう。