落語「中村仲蔵」に励まされた

二十代の一時期、落語を聞きまくっていた時期がありました。

笑おうと思って聞いたのではなく、挫折から這い上がろうとしていたのです。

演目は「中村仲蔵」。

江戸時代の歌舞伎役者の芸談です。

噺家は彦六。八代目・林家正蔵(1895-1982)です。

NHKの番組をカセットテープに録音して、繰り返して聞いたのです。

 この落語には励まされました。

 役者の中村仲蔵は名題に昇進して意欲に燃えていました。

しかし、仲蔵に中村座の「忠臣蔵」で振られたのは、五段目の定九郎という山賊の役でした。観客が弁当を食べる時間帯に出る端役です。

 

『先に出てくるのが与市兵衛、後から定九郎が来て、与市兵衛を手にかけて五十両を奪って逃げる。と、これが猪に追われてかけいねに入って二度目に出てくると勘平の鉄砲のために落命をする。やがて出てくるのが早野勘平。これは何の何某という名題の役者さんだから、この人の出るまではゆっくりってんで飲んだり食べたりしています。ですから、これを弁当幕といったそうでね。うまいこというもんですね。』

 

悩んだ仲蔵は女房にこぼします。

 

『おれんところに五段目の定九郎をたった一役もってきやがった。おいらだって名題になったんだぜ。本当に冗談じゃねえ。』

 

 大抵の女房というものは亭主につくもんですが、

 

『ところが、このお岸という女房は偉かった。そうですかねえ。名題になったお前さんのところに定九郎を一役もってくるって、こりゃあ、あたしの考えでは、なにか座の方に魂胆があるんでしょう。お前さんでなけりゃあできないようないい定九郎を見せてもらいたいからじゃありませんかねえ。そんなに腹ぁ立てないでなんとか工夫をして、御見物にも幕内にもあたし達にも、いい定九郎を見せてくださいな。どうぞお骨折りなすってくださいな、と頼んだ。』

 

『それで、日頃信仰しております柳島の妙見様へ七日の間願掛けをした。一心に祈って当日になったが工夫なんざつかない。』

 

雨が降ってきて仲蔵は蕎麦屋に入って考えながら蕎麦を食べます。これは食べたい蕎麦じゃあない。

 

『思案に余ってると、表の骨障子ががらっと開いて、許せよ。飛び込んてきた侍がいきなり傍らへ傘を放り出すと、あーああひどい目にあったとたぼを押しますと、これにこうしずくが、なんてえああざまだいと月代を逆になぜたらばそのしぶきが仲蔵の横顔にぱらぱらとかかった。思わず見るといい男だ。年は二十七八か、鼻の高い。髭のあとを青々とさして月代の生えている。ま、いずれは小さな旗本のこりゃあ主人なんでございましょうが、大小をつかみ差し、尻を高ん高んにはしょって、袂をしぼり、はしょってある着物のすそをしぼってからどっかりと框へ。』

 

仲蔵が浪人に見とれていると、ヒントがひらめきました。

 

『この人はいい姿だなあ。これで定九郎をやったら見物もびっくりなすって、ああ、いい評判が、必ずこっちに向いて来るんだ、ああ、ありがてえ、ありがてえ。』

 

『はああ、妙見様のお引き合わせ、目の前へいいお手本が現れた。これでやろうと決心をした。』

 

芝居の当日になりました。

 

『顔をこしらえて衣裳を着まして、かつらをつけて大小を小脇に、湯殿に降り立つってぇと頭から手桶の水を五六杯かぶって、水だらけになって上げ幕に回ってくる。一樽の中に破れた蛇の目の傘が逆さまに浸かっている。いよいよ五段目の幕が開きました。与市兵衛が花道を伝わって本舞台へ立ったなと思う時分に、このしずくだらけの傘を半開きにして飛鳥のごとくだだだだだだだだっと本舞台に、かかってくると、与市兵衛を下手にいなしておいて傘を一杯に開いて、やあ、からりとそびえ立って見得を切った。』

 

『月代のかつら、白塗りで黒羽二重の衣類、白献上の帯に朱鞘の大小を落とし差し、尻を高ん高んにはしょった定九郎が穴だらけの蛇の目の傘をあみだにかかげて、やあ、からりと見得を切って』

 

今まで見たことのねえ定九郎だ、と見物は茫然として舞台を見つめました。

 

『うんともすんともいわないから、これはやり損なったなと勘違いをした。仲蔵の偉さはここでございますね。芸人てものは、やり損なったとなると後の芸は投げるもんです。気を抜いちまう。ところが仲蔵はそうでない。やり損なったらば、江戸に居られるのも今日一日、これが檜舞台の踏み納めだ。やるだけのことはやってみようと、自分の工夫した通り、傘を傍らに投げ捨てると、腰の大刀を抜いて、与市兵衛と立ち回りをしながら、向こうの財布を口に咥えてずぶり、舞台の真ん中まで押してって足を上げてとーんと蹴り倒すと、はしょってある着物の裾でこの刀を拭きながら、次第次第に顔を上げた。このまた良さというものはないから、見物がここでうーんと感に堪えた。うーんというのが、これが潮騒のように広がってざわざわざわざわと舞台へ返ってきた。まだほめてくんねえな。糊を拭って刀を鞘へ納める。財布の紐を首からかけて中に手を入れて金の勘定。「五十両。」死骸はそのまま谷底へ、はねこみ蹴込み泥まぶれ、はねは我が身にかかるとも、知らず立ったる向こうより、いっさんに来る手負いじしぃーという浄瑠璃で、ヒュー、テレツクテレツクテン、テレツクツクテレツクテレツクテン、テレツクツク。猪が出てきて、これに追われてかけいねの間に入ってしまう。二度目に出てくるときには玉子の殻の中にそう紅を溶いてこれを口に含んで後ろ向き。ドンという勘平の鉄砲の音で正面を向くってえとこれはこう噛み砕いたもの。白塗りで黒羽二重の衣類に白献上の帯、朱鞘の大小、月代のかつら。これが口中からあふれ出した唐紅を浴びての苦悶は実にものすごい。ここで見物がまたうーん。よく唸るお客様だな。ほいで幕になった。』

 

仲蔵はお岸に失敗したと話しました。

 

『まんまとやりそこなったよ。あのう、すまねえが、おれは上方へ行って三年の間修行のし直しだ。』

 

仲蔵は魚河岸の中で評判を小耳にはさみます。

 

『偉いねえ、あの仲蔵ってえ役者は。・・・うまくやってくれたよ。ああ、水の垂れそうな浪人者。・・・よくわかるじゃねえか、仲蔵は。名人だなあってのが耳にひょいと入った。ああ、ありがたいことだ。広い世間にたった一人、おれの芸をいいっと言ってくだすった御見物がいる。このことは女房に置き土産だ。』

 

呼ばれて師匠の中村伝九郎の前に出ると、思わずほめられました。

 

『お前のやった定九郎のために中村座は明日から盛り場所の総見だ。入りきれやしねえ。この忠臣蔵はいいか何十日続くかわからねえ。みんなお前の手柄だよ。・・・お前のやった定九郎はねえ、後の世の役者のお手本に残るよ。お前はおれの弟子だなあ。ええ、仲蔵、お前は伝九郎の弟子だなあ。師匠のおれまで鼻が高いよ。』

 

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仕事の意欲に燃えていても、主役が当たるとは限らず、端役が当てられることが多いと思います。

その際に、自分だけしかできないようないい仕事を見せてもらいたい、という人がいると思うと力が湧きました。

それがたった一人であっても。