万字の萬念寺:お菊人形と対面

 萬念寺は岩見沢市栗沢町万字にある浄土宗のお寺です。

この寺は「お菊人形」で有名です。

「菊人形」と言うと別の意味になります。

髪の毛が伸びるという人形がこの寺で供養されているのです。

 

 この人形は鈴木永吉という人が大正7年に菊子という三歳の妹に買ってあげた市松人形です。

市松人形とは着物を着せ替えられる日本人形で、髪には人毛を使うのだそうです。

菊子はこの人形をたいそう気に入って可愛がったそうです。

ところが、翌年に菊子は急死しました。

一緒に納棺しなかったこの人形を仏壇に飾っていたところ、人形のおかっぱの髪が伸びていました。

 その後、萬念寺に永代供養のために預けられたのが、このお菊人形というわけです。

 

  私は三十年ほど前、学生の頃にお菊人形を見に行ったことがあります。

悪友と心霊的な怖いもの見たさで行ったというノリでした。

当時はお堂の正面から出入りをしていました。

お堂の中は暗くて、ビスコとか古いお菓子がお供えしてあって、お菊人形はなんだかおどろおどろしく感じられました。

それで、長居はせずに早々に退散しました。

そんなことが思い出されました。

 

 

 切られた人の髪の毛が長く伸びるというのは不思議なことで、科学では説明しにくいことです。

その理由として諸説ありますが、ネットでまことしやかに言われているのは以下のような説です。

市松人形の頭に髪を植えるときに、髪の毛を二つ折りにして植えるそうです。

その二つ折りにした根元の部分が経年劣化のためにゆるんで、植えた髪の毛がずれたために髪が長くなったように見えるというのです。

 

 本当にそうなのか、真相を知りたいと思いました。

それで、近隣の町に行く機会があったので、お菊人形を見に萬念寺まで足を延ばすことにしたのでした。

 

 

 久しぶりに訪れた萬念寺は綺麗に改装されていました。

お堂の正面からではなく、隣の庫裏とお堂の間の入口から入るようになっていました。

インターホンを押して、出てこられた住職にお参りの希望を告げて、お堂に入れてもらいました。

人形を近くで見てもいいが、写真撮影はしないで下さい、とのことでした。

 

 

 お堂の中は明るい雰囲気で、昔の暗かった面影はありませんでした。

御本尊にご挨拶をして、お賽銭をしてから、お菊人形と対面しました。

不気味な感じはまったくしませんでした。

よく供養されているのでしょう。

 

 お菊人形は本尊の向かって右側の段の高い位置に、厨子に入れられて安置されています。

正面からは近づくことができません。

住職が席を外しているのをいいことに、至近距離ににじり寄って右から左からお菊人形をガン見しました。

そうしてから離れてみると、天井から吊るして飾っている瓔珞(ようらく)のいくつかあるうちの一つが、ひとりでに揺れていました。

私は触っていません。

窓を締めきっているので堂内に風はありません。

お菊人形の向かって左前方の瓔珞のみがずっと揺れているのでした。

不思議でもあるし、よくあることのようにも思います。

促されているように感じたので、私は人形に向かって手を合わせて称名念仏や十句観音経、法華経のお題目を数回ずつ読誦しました。

 

 

 気持ちがすっきりしたので、再び、至近距離からお菊人形を観察しました。

身長は30cmと40cmの間くらいです。

古くて、静かな気を感じさせる人形です。

つむりの髪が少し乱れています。

左右に髪飾り。

目は黒目がちというよりも、黒目がほとんど。

小さな口を小さく開けています。

今の着物は比較的新しいもので、わずかに黄色味がかった赤。

緋色と茜色の中間くらいの色でしょうか。

そして問題の髪ですが、肩をはるかに越えて不揃いの長さで長く、一番長いものは帯の下端と裾との中間点よりも下まで伸びていました。

再び頭に戻って、毛の生え際を見ました。

二つ折りにした髪の毛がずれたならば、一端は長くて、他端は短いはずです。

植えてある髪の毛が抜ける寸前ならば、極端に短い毛が見えるはずです。

外から見た限りでは、短い毛は確認できませんでした・・・。

 

 人形の厨子の一段下には位牌が安置されています。

そこには、

「大正八年

菊法有禅童女

一月二十四日」とありました。

 

 

 そうこうしているうちに住職が戻って来られたので、立ち話をしました。

お菊人形が買われたのは大正7年(1918年)なので、百年前の人形だそうです。

当初は人形の髪は肩までだったようです。

昔と比べると、人形の姿勢が前かがみに変化しているそうです。

私が三十年前に見掛けたご年配の住職は先代か先々代だったようです。

そんなことを若い住職はおっしゃいました。

 

 

 結論です。

お菊人形の髪は、肩までの長さを二倍にしたよりも長いです。

元のお菊人形の髪がもっと長くて、顎と帯上端との中間まであったとしても、一番長い毛はその二倍より長いです。

また、生え際に短い毛は確認できませんでした。

したがって、人形の髪が実際に伸びたのだと思います。

 

 

 お雛さまのような人形は、女の子が無事に健やかに育つことを願って購入します。

元々は人形が本人の災禍厄難の身代わりになるというような呪術的な意味もあったのかもしれません。

お菊人形の場合は、本人が先に亡くなってしまい、人形が残されました。

小さい子が小さな人形を可愛がるのは、将来の子育てのためのままごとであり、むしろ女の子の本能なのでしょう。

お菊人形には菊子の思いが詰まっています。

 

 お寺を辞してから、帰りの車中で菊子のことを考えました。

両親と兄から可愛がられ、しかし早世せざるを得なかった童女の心情を思うと、胸がつまるような気持ちがしたのでした。