映画「ナラタージュ」:上から見るか?横から見るか?

原作:島本理生、監督:行定 勲、脚本:堀泉 杏

配役:有村架純(工藤 泉)、松本 潤(葉山貴司)、坂口健太郎(小野怜二)

 

 この映画は文学的な恋愛映画だと思います。原作の文学で言葉として確定した世界を全部バラバラにして再構成しました。色あいを抑えた美しい映像、印象的な言葉。衣装や小物の細部にまで神経が行き届いています。雨や水に濡れるシーンで登場人物の心理を巧みに暗示しています。深い余韻を持つ作品です。この映画は上から見るか、横から見るかで印象が全く異なります。

 

 主人公の「工藤泉」は残業でうたた寝をして、夢で二十歳の大学生の時に経験した恋愛を回想します。その中に高校3年生だった時の回想も混じります。泉は妻がいる高校教師の「葉山先生」に対して恋愛感情を持ちました。泉が精神的にまいっていた時に葉山先生は演劇部に誘ってくれ、それがきっかけとなり泉は悩みから脱却できたのです。卒業の時、葉山先生は泉の唇を奪いました。卒業してから泉は葉山先生と離れていましたが、演劇部の公演を手伝うように頼まれて先生と再会しました。公演が終わり、泉はかなわぬ恋心を忘れるために、彼女に思いを寄せる大学生の「小野君」と付き合いました。しかし葉山先生への思いを断ち切れず、破局。彼女は葉山先生の元に戻り、愛し合い、そして別れました。

 

 この作品は不倫と三角関係を描いています。思いっきり上から目線でこの映画を見ると、登場人物が皆クズに思えてしまい、人間は哀しい生き物だと感じます。しかし、登場人物と同じ高さの目線をとって感情移入して見ると、この映画は苦しく切ない恋物語になります。葉山先生、主人公の泉、彼氏の小野君、どの人物になってもそれぞれの立場でひどく苦しいのです。私は、映画を見終わってからも苦しさが尾を引きました。

 

 葉山先生は結婚生活で妻を精神的に追い詰めてしまい、妻は自宅の物置に放火するに至りました。妻へのすまないという思いがまず苦しいです。妻は実家に帰りましたが、葉山先生は妻と別れたと言って高校生の泉を欺きました。泉が心を開いて好意を寄せてきたことで葉山先生は力づけられたのでした。泉を好きなのを素直に表せないことに葛藤があったでしょうが、葉山先生はすごく優しくてずるいです。大学生の泉が小野君と付き合いはじめたこと、そして泉と決定的に別れることも先生にとって苦しかったと思います。

 泉は妻がある人を好きになってしまいました。その人が自分を好きなのかをはっきり見せないもどかしさ。その人への思いを断ち切れないこと、その人が後から付き合った恋人よりも好きでたまらないこと、恋人を裏切って妻がある人の元に行くことの罪悪感。そして、成就しない恋愛が何より苦しいと思います。

 小野君は恋人の心の中に自分より好きな人が居て、恋人がその人を忘れないことが身を焦がすように苦しいでしょう。

 作品中で引用される、トリュフォーの映画「隣の女」のセリフが象徴的です。

「あなたと一緒だと苦しすぎる。でも、あなたなしでは生きていけない。」

 

 出演者の目の演技が素晴らしかったです。松本潤はメガネをかけて伏し目がちにして強い目力を封印していました。有村架純は最初に先生と出会うシーンで、悩みを抱えて校舎の屋上で雨に濡れた後に、廊下をすれ違ってから振り向くときの血走った目がすごいと思いました。別れてから、線路わきにたたずむ葉山先生を電車内から見て涙がほとばしるシーンも感動的でした。坂口健太郎は疑心と嫉妬から恋人を精神的に追いつめていく時の、まばたきをしない目線が恐かったです。

 

 高校の演劇部の後輩で、劇中劇のヒロインを演じ切り、彼氏との交際も順調で幸せだった「柚子ちゃん」が歩道橋から飛び降りて入院したシーンは唐突な感じがしました。彼女が身を投げた苦しみの原因は後から登場人物のセリフでさらっと説明されるのですが、彼女が苦悩しているカットが前もって挿入されていれば唐突感が減ったと思います。しかしながら、そのシーンを撮るのは酷だったかもしれません。なぜなら、有村架純の苦悩のシーンよりもいっそう大きく苦しみを表現しなければならないからです。