リアル刀剣の鑑賞:東京博物館の展示

 タイトルに「リアル刀剣」とつけたのは、刀剣乱舞というゲームやアニメがあるからです。アニミズムとは生き物はもちろん、物にも霊魂が宿っているという考え方ですが、銘がある刀までも擬人化してキャラクターを作ってしまうのも広義のアニミズムなのでしょうか。今回は七振りの刀剣を写真付きで紹介します。おまけに薙刀も示します。

 

【居合のこと】

 私は刀剣が大好きです。

 大学生の頃に父親に刀を買ってくれとせがんだことがありました。単に居合がやりたかっただけなのですが、父は気味悪がって買ってくれませんでした。

 高校で剣道部に所属していたときに先生が居合い抜きを教えてくれたことがありました。すると、初めてでも簡単に居合い抜きができたので、これは過去世に練習していた動作だなと確信しました。参考までに習った居合い抜きのやり方を以下に記します。

 

【居合抜きのやり方】

 まず、刀を左腰に差して正座します。そして左手の四本の指を刀の鞘にかけ、親指で鍔を押して鯉口を切ります。このときに親指を刀身で切らないように親指を外側にずらします。次に左手の指全部で鞘を握りなおし、手首を内側に曲げます。すると刀の刃が上向きだったのが外(左)向きに変わります。それから右手を柄にかけて右に水平に抜刀するのですが、その際に鞘を持った左手を後方に回すようにして鞘を後方に水平に円を描くように払います。抜刀の際に腰を浮かせて右膝を立てて右足をだんっと床に突きます。同時に右に水平に斬ります。抜刀即斬撃となります。

 以上の一連の動作を正確になめらかに素早く行います。

 

 前置きが長くなりました。 

【東京国立博物館の刀剣】

  現在は、リアル刀剣の逸品を博物館で見ることができます。先日、東京国立博物館に行く機会がありましたが、折しも特集で刀剣の展示をしていました。

若い女性が意外に多くて、熱心に写真撮影などしていました。彼女らがいわゆる刀剣女子なのですね。

 

 さて、私は平安時代の太刀が好きです。平安時代の太刀は身幅が狭く、長くて反りが大きいものが多いようです。その結果、優美な形に見えます。長いのは馬上から斬るためなのでしょう。12世紀の古備前友成の太刀が展示されていて、私はそれが一番気に入ったのですが、残念ながらその太刀のみ撮影禁止でした。

 

 最初に紹介するのは平安時代の古備前正恒の刀です。刀は刃を上に向けて展示しています。この古備前正恒の刀は磨上をして刀身を短くしているのですが、それでも堂々としていて好ましく思いました。その質感は手作りという感じがせず、完璧な工業製品を思わせる精緻なものです。

刀 伝古備前正恒 平安時代・12世紀 無銘
刀 伝古備前正恒 平安時代・12世紀 無銘

 次は、古備前吉包(よしかね)の太刀です。太刀は刃を下に向けて展示しています。細身で腰反りが強くついているのが古備前の特徴です。古備前正恒の刀も磨上をして刀身を短くする前は、きっとこのような形だったのでしょう。

【重要文化財】太刀 古備前吉包 銘 吉包 平安~鎌倉時代・12~13世紀
【重要文化財】太刀 古備前吉包 銘 吉包 平安~鎌倉時代・12~13世紀

 次にあげるのは鎌倉時代の畠田光守の脇差です。脇差といっても、思ったより長くて、ちょっと短い刀という感じの堂々としたものです。

【重要美術品】脇差 畠田光守 折返銘 光守造 鎌倉時代・13世紀
【重要美術品】脇差 畠田光守 折返銘 光守造 鎌倉時代・13世紀

 畠田光守の脇差は丁字刃の華やかな刃文が特徴と解説されていました。確かに鉄の地肌の違いが見事な文様となっています。

  次の太刀は鎌倉時代末期の備前派の長船景光です。

【国宝】太刀 長船景光(号小龍景光)銘 備前国長船住景光 元亨二年五月日  鎌倉時代・元亨2年(1322)
【国宝】太刀 長船景光(号小龍景光)銘 備前国長船住景光 元亨二年五月日  鎌倉時代・元亨2年(1322)

 この国宝の太刀は俱利伽羅龍の浮彫があるので小龍景光といいます。この太刀も刃文が華やかで美しいです。照明のせいもあるのですが、明るく輝いて見えます。

 女子にひときわ人気だったのは刀剣乱舞のキャラクターになっているからでしょう。

 鎌倉時代の刀に、不動明王の利剣や不動明王の化身である倶利伽羅龍の彫り物をしている物を見かけます。それは刀匠が降魔の剣、破邪顕正の剣を作ろうとした証なのでしょう。 

 次は正宗です。正宗は名刀の代名詞となっています。正宗は鎌倉時代末期から南北朝時代初期にかけての相模国鎌倉の刀工で、生没年不明です。正宗の刀は無銘のものが多いです。おそらく正宗は銘刀というよりも実用品として優れた刀を作ろうとしたのでしょう。鎌倉時代の刀は平安時代と比べて身幅が広く反りが浅くて刀身が短い傾向があるようです。その結果、剛壮な形に見えます。それと、切っ先がもっと尖っています。そのような形の変化は突く動作を重視したためかもしれません。

【重要文化財】刀 相州正宗(名物 石田正宗) 無銘 正宗 鎌倉時代・14世紀
【重要文化財】刀 相州正宗(名物 石田正宗) 無銘 正宗 鎌倉時代・14世紀

 石田正宗の名は、石田三成が所持していた事に由来します。後に三成が結城秀康に贈りました。端正な形で、波打つような大きな刃文が美しいです。

 

 この刀は実戦で使われた物です。刀の棟に欠けた傷があります。

 どうしてこのような刀傷ができたのか考えてみました。

 武者は合戦の時に鎧兜を身に着けます。すると兜が邪魔になって、大上段に構えて真っすぐ下に刀を振り下ろすことができません。ですので、刀で斬る時は八相に構えて袈裟切りにするのだと思います。 

 相手が袈裟切りにしてくるところを、自分は右斜め下から左斜め上に刀を跳ね上げて棟で弾き返すと、このような傷が刀身につくのではないでしょうか。刀同士が当たる時に刀に衝撃が加わりますが、その時に折れず曲がらずというのが名刀たる理由だと思いました。

 この刀を持って戦った武士がどうなったのか、その運命にしばし思いを馳せました。

 次の刀は観世正宗です。能楽の観世家に伝わっていたことから観世正宗といわれます。

【国宝】刀 相州正宗(名物 観世正宗)無銘 鎌倉時代・14世紀 
【国宝】刀 相州正宗(名物 観世正宗)無銘 鎌倉時代・14世紀 

 国宝の観世正宗は刀の頂点といっても良いと思います。力強い形といい刃文の美しさといい素晴らしいものです。実用品の機能美をはるかに越えています。

 次は、国宝の相州正宗です。城昌茂が所持し、本阿弥光徳が本物と極めて埋忠寿斎に象嵌させたものです。その後、陸奥津軽家に伝来しました。

【国宝】刀 相州正宗 金象嵌銘 城和泉守所持 本阿(花押)正宗磨上 鎌倉時代・14世紀
【国宝】刀 相州正宗 金象嵌銘 城和泉守所持 本阿(花押)正宗磨上 鎌倉時代・14世紀

 この正宗も見事なものです。石田正宗や観世正宗と比べると細身で優美な印象を受けます。茎に金文字の象嵌が入っています。

 

 スマホで写真を撮る際に、この刀だけは中々シャッターが切れないのには、まいりました。場内を一周してから再度撮影しようとした時にも、この刀は撮りにくかったです。何か意味があったのかもしれませんが、結局のところ原因不明です。何だか刀身が光りすぎてやばいように思えます。

 最後は薙刀です。

 南北朝時代の薙刀も展示されていました。伝法城寺の薙刀は、柄に入る茎の部分が非常に長いのにびっくりしました。

 弁慶のような剛の者がこのような薙刀を持ったら、到底太刀打ちできないと思われました。

薙刀 伝法城寺 無銘 南北朝時代・14世紀
薙刀 伝法城寺 無銘 南北朝時代・14世紀

 刀は武士の携帯用の武器として時代を越えて受け継がれていきますが、合戦の主要な武器は薙刀、槍、鉄砲へと変わっていきました。しかしながら、刀は単なる実用品を越えていて、現代でも美術品として美しいものです。それは、刀匠が精魂を込めて刀を作ったからでしょう。刀匠はその持ち主が武徳を体現し乱世を収めるようにと思いを込めて刀を作ったのではないでしょうか。