アニメ「天気の子」を見て

うーむ、「天気の子」は、前回の人気作「君の名は。」の7割位の出来でしょうかね。

見ていてかなり違和感を覚えました。

それで、違和感の理由を考えてみました。

 

まずは絵柄ですね。

写実的な背景とマンガ的な人物との絵柄がアンバランスな印象を受けました。

本来ならば人物の描写と動きに物量を投じるべきなのでしょうが、‪背景のほうに人海戦術が用いられているようです。

登場人物にデフォルメがなされていますが、それが日本のマンガ特有の陳腐な表現になっています。

頭でっかちの人間、頭でっかちの猫。

若年者を強調するために肩幅を狭く描くのはありだとしても、主人公とヒロインの頭が胴体に対して大きくて、こけしのようなプロポーションになっています。

須賀さん、風俗業のお兄さん、リーゼント髪の刑事の小さすぎる黒目。

嫌いなものを見る時とか、冷酷な性格の描写として瞳孔が縮小するのはわかるのですが、黒目自体が小さくなることはありません。

老齢の神主の前頭部・頭頂部の無毛に対して長すぎる後ろ髪が変です。運命の女神ではないのですから。

 

高校生の主人公の行動に倫理的な問題点がありますが、これについては目をつぶりましょう。

それにしても、都合よすぎる展開が不自然です。

拳銃が繁華街のゴミ箱に捨てられています。

逃走し目的地に向かう主人公にタイミング良く手助けが入ります。

 

結局わからない、雨の中の魚。

晴れ女には稲荷系の自然霊が憑くとの事ですが、作品では晴れ女のヒロインには龍神系の自然霊が憑いているかのようです。

 

フェリーって人が海に落ちる位に傾いて波をかぶるものなのか、仮にそれほどひどい悪天候だとしたらなぜ欠航にならないのか。

鉄製の拳銃がコンクリートの床に落ちると実際に火花が出るのでしょうか?

洪水がなぜ透明で青い色をしているのでしょうか?

ビルの地下テナントのサッシの防水性能が良すぎます。

主人公が廃ビルの外の非常階段に飛び降りる場面で、階段の踊り場の鉄板が抜けて落ちる場面があります。どうして人も鉄板と一緒に落ちないのでしょうか。そもそも踊り場の鉄板は溶接が劣化したら落下するような構造になっているのでしょうか。

主人公が走る高架の線路になぜ水が溜まっているのでしょうか。

二人乗りのカブでパトカーを振り切れるのでしょうか。

長雨による河川の氾濫で海抜7m位の田端付近まで水没するでしょうか?

そのあたりまで水没するには、大規模な地盤沈下か海水面の大幅な上昇が必要になるでしょう。

 

廃ビルのイナリの祠に身勝手な願いをしたために、ヒロインがはぐれ狐に憑依され代償を取られた話ならわかるのですが、それを天災を鎮めるための人身御供とか人柱とかに無理やり結びつけているのは無理があるように思いす。さらに、皆のための犠牲になるよりも自分達の愛を選ぶというようなメッセージも入っているようで、このメッセージとストーリーとの整合性にも違和感を感じます。

 

新海監督の作品には、超常的な能力を持つ巫女への恋愛感情、天変地異、世界の秘密を知った若者と無理解な大人達、不可思議な神力といったパターンが見うけられます。ただ、神力についての理解が興味本位レベルに留まっている事が作品を軽くしているようで残念に思います。